第2回
箸と私の愛情カンケイ
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山口 |
触るということで言うと、われわれと違って、
世界には手で直接食っている人たちがいますね。
東南アジアやインドとか。 |
里見 |
指でつかむとき、
うまいかまずいかわかるんでしょう。 |
山口 |
と言うか、愛撫なんでしょうね。
食物の温かさ、肌ざわりをまず楽しむ。
前戯が入ってるわけです。 |
糸井 |
その前に、目でも楽しんでる。 |
山口 |
その点、触らないで箸でいきなり口に放り込むのって、
野蛮ですよね(笑)。
箸と言えば、一時期、エコな人たちが
割り箸廃止運動というのをやってましたよ。
私は絶対そんなこと無理だと思った。
恐るべき文化的無知だと思いましたね。
この国では、昔から、箸とその使い手とは
完全に一夫一婦制なんです。 |
糸井 |
日本では個人に所属する食器を持ってますね。
かなり特殊な文化だけど。 |
山口 |
そうです。
お父さんの箸は黒くて太いやつ、
僕のはドラえもん。
そういう一夫一婦制を維持するために、
割り箸というものが必要になる。 |
糸井 |
ははぁ……。外では別の相手と。 |
山口 |
でも、家には妻(夫)がいますから。
割り箸はすぐにそこで折って、
それっきりにしなくちゃいけない。 |
糸井 |
怖い顔して折ってます、みんな。 |
山口 |
もったいないとか、エコロジーとか、
そんな近代主義的な話じゃなくて、
あれには文化的必然があるんです。 |
糸井 |
そういう意味があるのか。 |
山口 |
私が考え出したんですけど。(笑) |
里見 |
そうなのか。
アイスキャンデーの芯にさせないために
折ってるんじゃなかったのか。 |
山口 |
折るという行為は、深いですよ。 |
糸井 |
使い終わったことをハッキリさせるでしょ。
そのベースには、日本人だけが持つ
唾液への禁忌もあるんじゃないかと思うんです。
ところが今、若い人と一緒に食事をすると、
「それ、おいしそう」って、 他人の皿から直接食べる。
僕はわりに古い人間なんで、
そういうときは箸を逆さに持って、
いったん自分の皿にとる。
そうして唾液を交換しないようにするんです。
昔はそうだったでしょう。
でも今は、「汁だけ飲ませて」とか
平気でガンガンやってる。
恋人でもないのに。 |
山口 |
ストローなんかもやってますね。 |
糸井 |
おっ、部族化してるな、
何か大きなタブーが変化したなと思ったんです。 |
山口 |
唾液、もっと言えば
口唇への禁忌が薄れてきたんでしょう。
例の「路チュー」ですか?
若い子が路上でキスをする。
われわれが子どもの頃は、
アイスクリームや何かを歩きながら食うのも、
やっちゃいけないことだった。 |
糸井 |
いけなかったですよぉ。 |
山口 |
まずそれが崩れて、次が路チューです。
人前でベロを使うのが「あり」になってしまった。
女の子に「それ一口いいですか?」
なんて言われると、この子、もしかして……。 |
糸井 |
俺のこと愛しているんじゃないか。
それで唾液の交換を……。 |
山口 |
求めてる。 |
糸井 |
ところが、違うんですね。 |
山口 |
たいした意味はないんです。 |
里見 |
考えすぎちゃいけないんだ。 |
山口 |
それと、最近の子は何か知らない食べ物が出ると、
皿を持ち上げるみたいにしてすぐ匂いを嗅ぐでしょ。
私、ファミリーレストラン研究家なもので、
そういう光景、しょっちゅう見てます。 |
里見 |
嗅覚の鈍いA級グルメの評論家が、
こんなこと(手であおぐ)やって香りを嗅ぐけど、
それとは違うわけですね。 |
山口 |
ええ。イヌみたいにクンクン。
「これは何だ?」というような。
最近の子はクサいかどうかが
差別感の中心なんですね。
それでまず匂いを嗅ぐ。
だから高級レストランなんて連れていけないです。 |
糸井 |
そのとき値段は消えているわけですね、
部族のあいだでは。 |
山口 |
フォアグラでもレバニラでも、
クサいものはクサい。(笑) |
里見 |
五感が退化したのか進化したのか。 |
糸井 |
味覚が独自にもっている奥深さみたいなものが、
嗅覚と等価になってる。 |
山口 |
今度、若い子を観察してみてください。
みんな匂い嗅ぎますから。 |