BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。


永久グルメの「酸いも甘いも食べ分けて」
(全5回)

第1回 舌戦スタート!

第2回 箸と私の愛情カンケイ

第3回 そばを迎え撃て

第4回
夜の孤独が酢を求める

糸井 僕はゲーム製作の仕事もやってまして、
今つくってるのは生きものを飼うゲーム。
生きものですから餌をやる。
その餌を生きものがどう判断するかという
人工知能プログラムをつくっていくわけですけど、
生きものが食べ物を選別するとき、
安全か安全でないかが最初の分岐なんです。
そして安全だと判断するいちばん簡単な基準が
「甘い」なんですよ。
山口 ああ、そうかもしれない。
糸井 で、子どもが好きなものって甘いですね。
そこから分岐して、さまざまな味を感じるようになる。
それで思ったのは、ものを食っているとき、
「甘い」を発見するのが
一種の推理パズルになっているんじゃないか。
刺し身を食って、うっすら甘味があると感じたとき、   
「へぇっ」と喜ぶ。
つまり、安全基準のいちばんベーシックなものである
甘味を発見する旅を、
われわれは無意識にしてるんだと。
山口 甘味は哺乳類共通のドラッグかもしれません。
甘味が嫌いな動物、
砂糖に忌避的な動物っていませんよ。
逆に中毒になったりしますよね。
角砂糖もう一つくれと。
糸井 ボリショイサーカスの熊ね。
ただ、大人になると「甘い」をイヤがるというか、
バカにするでしょう。
   
山口 表現でも、「あいつは甘いぜ」とか「大甘だとか」。
糸井 過剰がダメなのか。
山口 ヨーロッパだと、「甘い」は
プラスのイメージしかないですね。
「ユー・アー・ソゥ・スウィート」は
「ご親切な方ですね」。
糸井 人はいわゆる甘味じゃなくても、
甘いという言葉が到達する場所に
行きたいのかもしれない。
山口 何かポジティブな場があるんですよ、そこに。
里見 言うならば、涅槃。
糸井 すべてを許される地平というようなね。
山口 なんか、大変なことになってきましたね。(笑)
糸井 精神的に弱いときって、甘味がほしくないですか。
僕はそういうの、ある。
山口 私もそうです。
食うと血糖値が上がっていく感じがわかる。
糸井 甘味って言葉を言い換えると、嬉しさ――。
山口 一種のアドレナリンみたいな。
糸井 こう話してるだけでも気分いい。
里見 黙って聞いてる私だって気持ちよくなってきた。
山口 甘味がドラッグだとすると、しばしば砂糖を
国家が統制・専売にする理由もわかる。(笑)
糸井 こういう話をしてて、
あれが食いたくなったって気持ちになりませんか。
山口 よく夜中に何人かで仕事してて、突然、
「今、何が食いたい?」
って言い合ったりするじゃないですか。
糸井 その遊び、大好きです。
僕の場合、わりにソース系のものにいきたくなる。
ウスターソース系ね。
食いたくなる理由って、
単純に長年会っていない友達の顔を思い出して、
急に会いたくなったのと同じなんですが、
それだけに、これほど純粋なことは
ないんじゃないかと思うんですよ。
いくつかそういう持ち札みたいなものがあって、
冷やし中華もその一つ。
山口 冷やし中華、ありますねぇ。
糸井 酢と醤油が入ってて、カラシの香り。
キュウリとハムの香りまである。
山口 九州はマヨネーズ入れますね。
私、邪道だと思います。
でも、これが、食ってみるとうまい。
糸井 マヨネーズ、OKですよ。
里見 私はギョーザだな。
最近流行のオチョボ口で食うのじゃなくて、
東京の某ビジネス街にある店の、
バナナみたいにでかいやつ。
糸井 ギョーザもいいなぁ……。
山口 そういう、時ならぬ時に突然突き上げてくる欲望。
これに対応する産業が
コンビニエンスストアでしょう。
以前、セブン-イレブンで、
「夜中にいなりずしが食べたくなる」っていう
有名なCMがありましたね。
私、いなりずしもけっこう好きなんですよ。
糸井 今、登場したものって、全部ビネガー系ですね。
山口 ちょい酸っぱい系。
里見 ヒトは、子どもの味蕾が
だんだん一人前になってくる頃の、
ちょうど分岐点の時代に
ビネガー系の味がわかってくるんですよ。
「初恋の味カルピス」のもうちょっと前。
深層心理学的に言えば、その頃の記憶の残滓が
食欲をかき立てるんじゃないですか。
山口 それはフロイトも気がつかなかった理論ですよ。
いいですね、
「ビネガー期」「ソース期」とか(笑)。
「この患者のケースでは、
ビネガー期への退行が見られる」――なんてね。
糸井 その「退行してる」って感じもいいですね。
僕は、何かに過剰に酢を入れたときの喜びって、
すごく甘美なんです。
合成酢の独特の前にくる酸味。
山口 そうそう、ツンと前に出てくる。
糸井 挑戦してきてくれないとダメ。
里見 冷やし中華なんか、
そうでなきゃいけないでしょう。
山口 ギョーザ食うとき、ラー油と酢を混ぜるでしょう。
人と一つ皿で食うときなんか、
酢を入れるのにちょっとした緊張が走りますね。
「このくらい?」って相手の顔うかがって。
里見 1滴でも違ったら別の味になっちゃいますからね。
糸井 酢はかなり難しいですよ。
里見 カネのない若い頃に、
お酢を1滴たらすか3滴たらすかを
深刻に思い悩んだからこそ、
自分なりの味覚が決定できる。
だからこれは、非常に
神聖かつ意味深い行為なんですよ。
山口 じゃあ、酢は通過儀礼ということですね。
青春は酢だ!
またすごい話になってきた。(笑)
糸井 青春の思い出を反芻したいときに、
過剰に酢に挑戦したくなる。
夜の孤独と酸味の関係、
そしてビネガー期への郷愁――相当いいですよ。
「甘酸っぱい」という言葉で青春を語るけど、
そこでの「酸」のもつ意味は大きいですね。
里見 「甘」の入るところが
日本人の味覚の特質なんでしょうね。
フランスのドレッシングなんて
酸っぱくて食えたものじゃない。
初手は仰天するもんなあ。
山口 あれ、日本人の場合だと、
砂糖をちょっと入れたくなりますね。
するとずっとうまくなる。
糸井 甘酸っぱい――青春の中に
安全を込めているんですね、甘味という。
島国っぽいなあ、発展の仕方が。
山口 いなりずしなんて、まさに甘酸っぱいですから。
糸井 見事ですねえ。さっきも言いましたが、
僕はウスターソースの独特の混合文化も好きだな。
昔、ソース工場の近所に住んでたんです。
捨てたタマネギの腐った匂いは最悪。
それを毎日嗅いでいたにもかかわらず、
ウスターソースは嫌いにならなかった。
焼きそばにかける薄い醤油っぽいソース、
あれはかなり好きです。
里見 ソースの好みにも自分の思い込みがありますね。  
だから、なじみの薄いリーペリン
(イギリスのウスターソースの代表的ブランド)
なんか使われると、何じゃこれは、となっちゃう。
山口 ブルドックソースのほうがしっくりきますね。
糸井 広島のオタフクソースで出している
「焼きそばソース」、あれはいいですよ。
醤油に近くて。
里見 そうなんですか。
糸井 広島って、僕は
画期的な未来都市だと思っているんですね。
というのも、メリケン粉の産地でもない、
豚肉、イカ、キャベツの産地でもなくて、
それでお好み焼きを名物にしちゃったんですから。
原爆ですべてを失い、
歴史が中断したからだと思うんですが、
何もないところから、
お好み焼き文化を築き上げた。
そしてソースを一からとらえ直そうというときに、
お好み焼きに合う醤油っぽいソースを生み出した。
そこに広島の人たちの意地を見た気がする。
未来に向かおうとするとき、
各地方都市は広島に学ばなきゃいけませんね。
なまじな伝統をひきずって、
名産を生かすことばかり考えていると、
坂口安吾に笑われる。僕は今、
『日本文化私観』の境地に立ってるんです。(笑)
里見 話をうかがっていて、
旧約聖書だったかの壮大な一節を思い出しました。
混沌より大地は生まれる――。
糸井 おおッ!
里見 そして、広島にオタフクソースは生まれた。
糸井 お好み焼き文化の背景にあるもの、
それは冒険であり、復興のパワーであり。
山口 つまり、戦後ニッポンそのものだと。
里見 ウスターソースが好きだった
古川緑波の日記を読むと、
戦後出来のトンカツソースに対する呪いの言葉が
ものすごく出てくる。
山口 その後、中濃ソースなんていう、
半端なものも出てきました。
里見 すごいソース好きの人は、
自分なりのブレンドをするんだろうな。
中濃3にオタフク1とか。

第5回 勝負する家庭料理

2000-05-08-MON

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