第3回
西を目指すとき
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糸井 |
それじゃあ、根本先生の指摘された、
最近の世界中が暑い状況のもとでは、
人はどういう行動をとるんでしょう。 |
木村 |
気温は上がっていますが、
一方で今は不景気な世の中でしょう。
こういう先が見えないときも、人は動くんです。
旅行という形で。
統計によれば、昨年1年間で
6億2500万人が国際観光に出ています。
地球の総人口60億人の1割以上に当たるんですよ。
一昨年が6億1300万人でしたから、
1年間で1200万人も増えているわけですね。
どこへ行くかというと、ひたすら西へ西へ。
フランスなんか、1年間だけで
7千万人の外国人が来てます。
人口が5800万人だから、
外国からの観光客のほうが多い。 |
糸井 |
はあー、すごいや。 |
木村 |
西と、もう一つは南。
暖かい方向に関心が向いて、
地中海が今、再び活況を呈しつつあります。
イタリア、南フランス、スペインと。
ヨーロッパでの地中海に対する関心が、
アジアでは南シナ海で、
今、香港、シンガポール、バンコク、
ああいった海に面したところに
たくさん人が集まってきて、
国際会議を開催したり、観光したり。
要するに陸地が閉塞状況ですから、
明るい方向へ、海のほうへと人が動くんです。
西回りというのは、地球の自転の方向とも言えますね。
年とってお迎えが近くなると、
仏教では西方浄土というので、やはり西へ関心をもつ。
逆に、元気がいいときは東か北に向かう。 |
糸井 |
冒険的になる。 |
木村 |
家康とか神武東征だとか。
そして元気がなくなると西へ。
アメリカもアジア・太平洋の時代ということを
言い出していますが、
今、西の時代が来つつあるんじゃないでしょうか。 |
根本 |
木村先生は温度の観点からお話しになりましたが、
もう一つ、人が動く決定的な要因は「水」です。
水がないところに人間は永続的に住むことはできない。 |
糸井 |
天気は水と対応していますね。 |
根本 |
だから干ばつがずーっと続くと、
どうしたって移動せざるを得ない。
サハラは今、砂漠でしょ。
だけど、チュニジアのずっと南にあるタッシリという
遺跡の壁画にカバの絵が描かれている。
カバは水のないところにはいないから、
その壁画が書かれた頃は、
非常にウェットだったんですね。
ドライアップしてくると、みんな川に寄ってくる。
そしてナイル川やインダス川、黄河でも、
人々が集まって文明ができたという説があります。 |
糸井 |
生き延びるために必死だったんだ。
思えば人類って“無駄な足掻き”の歴史ですね。
自然や気候に追い立てられるようにして、
移動したり文明を発達させたりしてきたくせに、
自分たちが主人公でやってきたように勘違いしてる。
この錯覚を思い知るべきときが来てるのかも。 |
根本 |
そうですよ。
大自然の動きのもとでは、人間なんて小さなものです。 |
木村 |
フランス革命も、前の年から天気が悪く、
小麦が不作だったのが発端ですもんね。
都会ではパンもなくなり、
田舎ではみんなが小麦を奪いに来るんじゃないか
という不安が広がった。
それで武装を始めるんです。
パリで起こった暴動が
あっという間にフランス全土に広がり、
農民たちが結束して
今の体制をぶち壊そうということになった。
王様の首を切ったのは行き過ぎだったと、
今、フランス人は反省しているんですけど、
なぜああいうことになったかというと、
あの当時、悪天候の中で、
みんな恐怖心が強かったんです。
自分の身を守ることを誰もが考えていて、
それ以上に大きなことを考えたわけじゃないけど、
結果として王様を断頭台に送り、革命となったわけです。 |
糸井 |
天候が悪くて食料がないとなると、
人は疑心暗鬼にもなりますからね。 |
木村 |
そして暗い時代はディテールに関心が集まって、
大きなことに目を向けようとしなくなる。
身のまわりのことばかりが気になるんです。 |
糸井 |
小さい差異だけを、
穴を掘るように深−く追求する、みたいな。 |
木村 |
それでヨーロッパの14、15世紀、
気温が下がって、まさに世の中が暗いときに出てくるのが
細密画、ミニアチュールですね。
逆に先が見えているときは、
たとえばロマネスクの彫刻なんてそうですが、
目を大きく見開いている。
それが14、15世紀には伏し目になって、
みんな俯くようになる。 |
糸井 |
今日の知識のオタク化なんかも、細密画現象ですよね。 |
木村 |
今はまた移動するから、道具も据え置き型より
人間にくっついて動けるものが売れてますね。
ペットボトルや携帯電話、ノート型パソコンとか。
日本では18、19世紀の人たちが
やっぱり大移動で、薬籠、印籠、矢立、
みんな持って歩いた。
その頃の日本は水田開発がストップして、
耕すべき大きなところがなくなってしまい、
ちょっと凶作になると、たちまち農民一揆や間引き、
都会では米騒動が起こる。
そういうとき、人は突き動かされるように移動したんです。
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