第4回
逃げ方を学べ!
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糸井 |
僕は釣りをやるんですが、魚を相手にしたとき、
はじめて水を意識したんです。
水を知らないと魚のいる場所がわからない。
さらに言うと、水を動かしている大きな要因が天気で、
増水したり減水したり、淀むとかも天気の影響でしょ。
あるいは、いい水草が育つ水だとか。
で、釣りを始めると
今度はもっと魚を研究したくなって、飼う。
あれ、結局、水を飼うことだったんです。
つまり、どういう水をつくったら、
その魚がよりよく生きられるか。
それで思ったのは、
いろいろな薬を入れて水を管理すると、
水は壊れていくんです。
流れている水が、結局のところ、
魚にとっては元気でいられる。 |
木村 |
わかるような気がします。 |
糸井 |
早い話、環境そのものが生き物なんだから、
人体だとか人類というのを
単体で考えることのバカバカしさね。
実は、日当たりがいいところを選んで
猫が日向ぼっこするみたいに、
人って動いてるんじゃないかな。
今、お話を伺っていても、あらためてそう思いました。 |
根本 |
水といえば、
京都に小川後楽さんという煎茶の先生がいてね。
加茂川あたりのお水を使っていたらしいんだけど、
あるとき煎茶の味が変わったの。
それで、これは洪水になると予言したら、
ほんと、2、3日して洪水になったんです。 |
糸井 |
あらあ。 |
根本 |
そういうので面白いのは、
トックリバチというのをご存じですか。
徳利みたいな巣をつくる。
普通は屋根の隅なんかに巣をつくるけど、
低いところにつくると暴風雨が来るといいます。
1990年に、紀州の白浜で
続けざまに4回台風が上陸したんですが、
そのときもトックリバチが
家具を置いてある足元のところに
巣をつくったんだそうです。
それから“ニンジン雲”も、気象との関係に
非常に大きな役割をしてることがわかってきた。 |
木村 |
可愛らしい名前ですね。 |
根本 |
ニンジンの形に似てまして。
そのニンジンの尻尾みたいな部分が
山間の狭いところへ入っていくと、
そこで集中豪雨になる。
仕組みはわからないんですけどね。
大先生の書いたテキストにもない。
ところが、ずーっと以前、
低気圧のモデルをいちばん最初に書いた人の論文には、
ニンジン雲がちゃんと描かれている。 |
糸井 |
それがいつのまにか無視されるようになった? |
根本 |
低気圧や寒冷前線、温暖前線の関係とか、
非常に単純化してモデルをつくったために、
ニンジン雲を全部消しちゃったんだ。
それで、そういう雲が出てても注意を払わなくなる。
そういうことからしても、予報は現場で学び、
現象から出発するということが、とても大事なんです。
それから、さっきも話した地球の温暖化ですが、
今までは海の状態は変わらないという物理の考え方で
気温の上昇を考えていました。
ところがそれじゃダメなの。
海水の温度そのものがどんどん変わるんですから。
海の温度が上がるとどうなるかといえば、
放出した炭酸ガスを海が吸収してくれなくなる。
だから大気中に残存してしまうんです。 |
糸井 |
じゃあ、カギは海ですか。 |
根本 |
海なんです。
太平洋の北のほうは温度が低いんですが、
そういうところは、どんどん炭酸ガスを吸ってくれる。 |
木村 |
逆に海の温度が高いと、
炭酸ガスを吸ってくれないと……。 |
根本 |
だから海の表面温度がどうなってるかが、
非常に大きな問題なんです。
今、海の温度が上がっているから
極の氷がものすごい勢いで減ってます。
北極に探検家が歩いて行ったりしますが、
今年あたりからそんなこともできないですよ。 |
木村 |
もうそこまでいってますか。 |
根本 |
ええ。
そして、その海に影響を与えているのが太陽です。
磁気嵐だとか、太陽の活動はいろいろな形で
地球に影響を与えていて、
現在、その及ぼす影響は、
今世紀はじめの3倍になってるんですよ。
なかでも海の表面水温は
太陽の活動とパラレルにかかわっている。
でも太陽となると、
人間はその活動をコントロールできませんよね。
自然がこんなに変わっている。
そうなると、その自然環境に
順応することを考えなきゃいけない。 |
糸井 |
変えられないんだから、順応していく。
それしかないですね。
人ってものごとをとらえるとき
大脳的に考えがちですけど、
実はボディのついた人間のやることだし、
さらに言えば、環境問題とのかかわりでも、
人間が出す炭酸ガス以上に、
宇宙のもっているエネルギーのほうがずっと大きい。
それなのに、何だか人間はたいしたもののように
考えたがるからいろいろズレが生じるんでしょう。 |
根本 |
だから「威張るな、人間」ですよ。
木村先生が例をあげておっしゃったように、
われわれの先祖は昔からずっと順応してきた。
そこに人間の知恵もある。 |
糸井 |
歴史を知れば知るほどそうです。 |
根本 |
これから大事なのは逃げることね。 |
糸井 |
逃げる−−。 |
根本 |
そう。
逃げ方を学ばなくちゃいけません。
たとえばご婦人は夏にサンダルを履きますけど、
それで地震のときに逃げられますか?
都会の生活ではサンダル靴は
ぜったいに履いちゃいけないの。
爪を出して瓦礫の上なんか歩くと、
爪、全部、剥がれちゃいます。 |
糸井 |
僕、海ですべって転んで、
生爪剥がしちゃったことがある。 |
木村 |
私もこの夏、孫を海に連れていって、
転んで左足の指を痛めました。
やはり、ハダシにサンダルです。 |
根本 |
歩けなかったでしょう。
阪神・淡路大震災や、先日のトルコ地震でも
多くの死者が出ましたが、
どうして亡くなったか知ってますか。
地震直後45秒以内だと8割が圧死なんです。
つまり動けなくなる。
だから履き物は大事です。
9月1日の「防災の日」に
消防のおじさんが来ていろんなことやりますが、
「サンダル靴やめましょう」が
スローガンにならなきゃダメなの。
逃げる話のついでですが、火事が起きたとき、
小さな2階家で、火が出りゃ逃げられそうなのに、
何人も死んでる。
あれ、何で死んでるのか。 |
糸井 |
ガスに巻かれて? |
根本 |
炎です。
だから炎への対策を考えなきゃいけない。
濡れた手ぬぐいとかハンカチをちゃんと持つとかね。
私は持ってますよ、きょうも。
もし地下鉄で火災にあったら、
これを口に当てて、這うようにして逃げる。 |
糸井 |
先生、防災してますね。 |
根本 |
それから昔は風害は少なかったけど、
この頃は風で飛んできた物が
直接ぶつかって死ぬ人が多いんだ。 |
糸井 |
建物の構造が変わったとか? |
根本 |
それもあるけど、空気の上下の対流が非常に盛んで、
風そのものがとても強くなってきてます。
だから表で何かやるときは
必ずヘルメットとか帽子をかぶらなきゃダメです。
そういうことも小学校のときから教えなきゃいけないの。 |
糸井 |
怒ってますね、先生(笑)。
話は変わりますが、その日の天気が
人間が行動を起こすときの心理や感情に
影響するということはあるんですか。
たとえば、暑い日に事件が多いとか。 |
根本 |
その因果関係は難しいです。
私も調べたけど、天気が悪いときに気分が悪くなる人と、
気分がよくなる人とは半々ですし。
ただ人間の体でも扁桃腺とか虫垂とか、
切っても死なないようなプリミティブな器官は、
出血の多い少ないとか、外界に対して非常に反応します。
それと、お月さん、月齢は血に関係しますね。 |
糸井 |
どう違うんでしょう。 |
根本 |
満月だと出血が非常に多いとか。 |
糸井 |
満月のときに何かが起こる……。 |
木村 |
それで僕らが間違えているのは、
ハネムーンを「蜜月」と訳し、
蜜のような甘い月、期間と理解してますけど、
だったらハニーマンスで、ハネムーンじゃないんです。
ムーンというのはお月さんのことで、
満月のときに人は狂うと欧米では言うんです。
結婚して二人ともポーッとなり、
満月のときのようにおかしな状態になる。
昔は新婚旅行なんかなくて、すぐにお床入り。
そこへ村の青年団が蜂蜜酒を持って冷やかしに来る。
その蜂蜜酒を飲んで、
新婚さんはまた頭がおかしくなるというのでハネムーン。 |
糸井 |
今の、冗談じゃないですよね。 |
木村 |
冗談じゃないです(笑)。
それで満月はすぐに欠けますから、
3日もすれば愛も冷めるという
イギリス人の皮肉でしょう。
狼男も満月になると変身するけど、
日本は桜の下で狂うといいますね。 |
糸井 |
日本人の体質って、植物的なんですよ。
僕は台風が来ると狂いますが。 |
木村 |
興奮する? |
糸井 |
若いときは非常にたかぶって、
このままじゃいられないという気分で
外に出たくなりましたね。
喧嘩してる最中の女でも、会いに行くみたいな。(笑) |
木村 |
光がいっぱいあるかないか、暑いか寒いかは
気分に影響するんじゃないでしょうか。
北ヨーロッパのように緯度が高く冬が長いところでは、
物事は何でも計画的にやらなきゃいかん
という気持ちが強くなり、
経験に基づいて思慮分別をもって行える年寄りのほうが、
情熱が先走る若いやつよりも重視されますわな。
年寄りが威張ってますもん。
そして日本みたいに亜熱帯で、
明日は明日の風が吹く、
来年のことを言えば鬼が笑うというようなところでは、
年に1回だけ「敬老の日」ってんで尊敬されるけど、
あとは邪険にされるという構図ができあがる。
風土って、あると思いますね。 |
根本 |
体調との関係では、喘息は天気に影響されます。 |
糸井 |
僕は喘息だったけど、低気圧や寒さには弱かったな。 |
根本 |
いや、喘息の発作を起こさせるのは
低気圧じゃなくて高気圧ね。 |
糸井 |
えっ、違うんですか。
えらいこっちゃ。(笑) |
根本 |
大陸から移動性高気圧が出てきて
朝鮮半島にさしかかると、
日本で喘息がどんどん多くなるの。
そして熱帯低気圧である台風が来ると、
空気が混ざって、発作が止まるんです。
以前、東京に住む喘息の子どもたちを、
夏、九州の天草に転地させたことがありました。
ところが、逆に喘息の発作がものすごく起こっちゃった。
そのときは天草に台風が来なかったんです。
だから転地の意味が全然なかった。 |
糸井 |
じゃあ、僕が低気圧に弱いと思ってたのは
何だったのか……。 |
根本 |
悪い天気に結びついているはずだという先入観ですよ。
座骨神経痛が痛くなるのも寒冷前線じゃないんです。
寒冷前線が通る前に、
非常にシャープに暖かい空気が流れ込んで
温度がグっと上がるんですが、そのときに痛くなる。
だけど、それからやがて寒冷になるから、
みんな寒冷のときに痛むと言ってるんですよ。 |
木村 |
自分はリューマチの痛みで天気を予想する、
なんていう人がいますけど、あれ、違うんですね。 |
根本 |
将来の天気とは関係ないです。
症状を起こしたときと、それまでの天気によるんです。
体で将来の天候まで予測する力は人間にはないです。 |
糸井 |
そうか。
やっぱり人間は謙虚にならないといけませんね。 |
根本 |
気温上昇のこともそうだけど、
何でも思い込みじゃなく、まず起こっている事実ね。
それを見つめることから始めないといけないんです。
(終)
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