連載の第3回目で、こんなお話をしました。
「農業にたずさわる人びとは、暦の日付ではなく、
二十四節気(にじゅうしせっき)や雑節(ざっせつ)を
参考に、日々の仕事をしていた」と。
月の満ち欠けに太陽の動きを加味した太陰太陽暦で
「毎年何月何日に、種を蒔こう」と決めても、
暦自体にズレがあるので、
うまく行くとは限らないのです。
前に旧暦の正月元日を新暦に換算すると、
1月21日〜2月22日と1ヶ月の幅があるという話をしました 。
つまり、旧暦では同じ日付であっても
かなり季節がずれてしまいます。
そこで、太陽を基準にした二十四節気や雑節を加え、
旧暦の日付に注記して、
季節とほぼシンクロするようにしたのです。
なるほどなるほど。そうすれば、月齢もわかるし、
季節の移ろいも、暦の記載で知ることができますよね。
つまり、江戸時代には太陽暦と太陰暦を
併用していたことになります。
しかし近松先生は、大胆にも、
こんなことをおっしゃるのです。
近松 |
日本で農業をする場合には、
ほんらい、体系的な暦はいらなかったと思うのですよ |
ええっ?! それはいったいどういうことですか?!
日本は地勢的、気象的に春夏秋冬がはっきりしています。
つまり、周囲の自然環境の変化によって、
季節の移り変わりを知ることが出来たのです。
たま、日本は南北に細長く、
地方によって気候や地理的条件も大きく異なりますから、
中央集権的に決められた「暦」と、
実生活で感じる季節とのずれは、
しかたのないことだったんです。
そんな旧暦の時代に、農業をなりわいとしていた人びとは、
いったい、何を指針にしていたのでしょう?
暦を見て、種を蒔く時期を決めたり、
刈り入れの日を決めていたのでしょうか?
‥‥そんなわけでは、なさそうです。
もちろん暦はおおまかな目安にはなったでしょうが、
じっさいは、自然の変化と、作物の成長を
しっかり見ることで、タイミングをはかってきました。
いわば「自然暦」です。
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たとえば白馬岳は、自然の暦だった! |
北アルプスに「白馬岳」(しろうまだけ)という
雪渓で有名な標高2932メートルの山があります。
春になると雪が溶け、山肌が露出するのですが、
この山肌が黒く馬のかたちになります。
そのすがたが、田んぼに水を入れてかきまわし、
田植えができる状態にするための作業馬、
つまり「代(しろ)かき馬」に見えることから、
「代馬」転じて「白馬」という名前になりました。
この馬の形があらわれたら、
それがちょうど苗代をつくる時期。
白馬岳の見えるところで稲作をしていた人びとは、
そんなふうにして季節を知ったのでした。
おそらく、それぞれの地域によって、「暦」には頼らない、
その土地独自の「自然暦」があり、
それに基づいて人びとは生活をしていたのでしょうね。
その意味では、たしかに、農業に暦は必要ではなかった、
とも言うことができるのだと思います。
(ちなみに、日本に暦が導入されたのは、
大和朝廷のころだといわれています。
日本に「国家」というものができ、
民に税を納めさせる
時期の設定など社会的統制が必要になったため、
中国から入ってきた暦をそのまま使いはじめたのが、
日本の「最初の暦」となったのだそうです。)
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イスラムの国は、季節と月がずれていく! |
いまの日本は、グレゴリオ暦(西暦)の社会となりましたが、
旧暦のエッセンスは、まだまだ残っていて、
わたしたちの暮らしを彩っています。
公式には使われていないけれど、
旧暦を併用したほうが、
ずっと豊かに生活することができそうです。
(そうそう、来年度の「ほぼ日手帳」には、
旧暦を併記することになりました!
くわしくはこちらをごらんくださいませ!)
こんなふうに、新旧の暦を生活に役立てているのは、
日本ばかりではありません。
中国ではいまも「旧正月」を盛大に祝いますし、
イスラムの国でも、グレゴリオ暦と、
イスラム暦(ヒジュラ暦・陰暦)を併用しています。
イスラム暦と太陽暦は、
1年で10日の「ずれ」が生じるのですが、
イスラム暦では、それを修正することをしません。
閏月のようなしくみがないのですね。
1月が30日、2月が29日というふうにくりかえし、
1年が354日のため、
太陽暦とは3年で1ヶ月、18年で半年とずれてしまって、
季節がひっくり返っちゃうのです。
たとえばラマダーン(イスラム暦の第9月・断食の月)が、
夏になったり冬になったりすることもあります。
「えっ! それでは不便ではないですか!」
そう思うのは日本にはっきりとした四季があるから。
イスラム暦を使っている地域の多くは、
四季のちがいがほとんどないため、
月の名前と季節が一致しなくても、
それほどの不便にはならないのだといいます。
(けれど、四季のある国で暮らすイスラム系の人びとは
またちょっと、感覚がことなるかもしれませんね。)
さて、ちょっと話がずれちゃいましたが、
旧暦に関する近松先生のお話、
きょうのこの回で、第一シーズン終了です。
次回は、このコンテンツに寄せられたメールをご紹介。
その次は、ちょっとお休みをいただいてから、
「落語の世界と旧暦」ということで、
「ほぼ日」でもおなじみのあの噺家さんに登場いただいて、
たのしい旧暦の話題をお届けする予定です。
どうぞ、お楽しみに!
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