メイド・イン・ジャパンの挑戦。 シグマ・山木社長を会津工場に訪ねる編
 
SIGMA DP2 Merrill
鶴岡 加茂水族館にて

ちょっとめずらしい、
クラゲの専門というわけではありませんが、
ほぼクラゲという山形県鶴岡市立加茂水族館の中で、
その時手にしていたのは、なぜか「DP2 Merrill」。
当然のことながら、館内はけっして明るいとは言えないので
うまく写ってくれるか心配していたのですが、
数多くのクラゲたちが、
ほのかな光を浴びながら浮遊するすがたを
カメラはしっかりととらえていました。
しかも、後程ゆっくりと現像してみると、
それらの写真は、見れば見るほどに、
水と光とクラゲが一体となった
ひとつの“宇宙”のようにも見えました。

加茂水族館は現在、リニューアルのため閉館中ですが、
来年2015年6月に新水族館がオープン予定です。
 
菅原 この連載の1回目で書いたんですが、
フォビオンセンサーは
いまのシグマのカメラを支える
重要な技術ですよね。
あの技術を引き込んだことも
すばらしい決断だと思います。
乱暴な言い方だけど、フォビオンセンサーは、
ほかのデジタルカメラのように
ビデオのセンサーを使わず、
「フィルムをデジタル化した」
ということですよね。
このセンサーを取り入れた経緯に
とても興味があるんです。
山木 フォビオンについては‥‥長くなってもいいですか?
菅原 ぜひ聞かせてください。
山木 では概要からご説明しますね。
フォビオンという会社は1997年に設立しました。
カリフォルニア州のサンタクララという所にあり、
従業員が35名から40名くらい。
パートの会計の方1人と、
人事の方1人のほかは、
全員技術者の設計集団です。
サンタクララから南、80キロくらいのエリアを
シリコンバレーと呼ぶんですが、ここには、
アップルの本社のあるクパチーノ、
グーグルがあるマウンテンビュー、
ヒューレット・パッカードのサニーベール、
スタンフォード大学ですとか、
アイコンやマウスを開発した、
ゼロックスの研究所があるパロアルトなどの町がある。
そんな環境にある会社です。
創業者は、カーバー・ミード氏。
物理学者でして、ファインマンもいた
カルフォルニア工科大学の教授です。
『コレクティブ・エレクトロダイナミクス』という
システムLSIを志す学生のバイブルみたいな、
基本中の基本のテキストを書いた方なんですね。
この方は教授っていうだけじゃなくて、
企業家でもありまして、いろんな会社を設立してるんです。
その中の1つが、シナプティックスっていう会社で、
タッチパッドを開発し、
一時期は、ノートパソコンの、
8割くらいのシェアを持ってました。
そこに30パーセント、
アナログ半導体製品をつくる
ナショナル・セミコンダクターという会社に
70パーセント出資させて作ったのが、
フォビオンという会社です。

最初は「世界最高画質のカメラメーカーになろう」
ということで作られ、
錚々たるメンバーが揃っていました。
なによりカーバー・ミードさんが超有名人で、
いろんな人を集めてきたんですね。
社名の由来は、人間の目。
網膜の中に網膜中心窩という所があるんですけれども、
ここを英語で、フォビアセントラリス(fovea centralis)って
言うんです。
昼間、いちばん機能している部位で、
目の中で最も解像度が高い所です。
この会社は世界で最も解像度が高い、
高画質なカメラを作ろうという志で作られた会社なので、
これをフォビアセントラリスをもじって、最初、
「ファビオニクス」という名前をつけたんですが、
元アップルのエリック・ザラコフという人から
「カメラメーカーになりたいんだったら、
 キヤノンもニコンも『オン』で終わってるから、
 『フォビオン』にしたほうがいい」と。
山木 おもしろいですよね。
そして最初に開発したのが
ポルシェが買えるというほどの高価なカメラでした。
これが大失敗したんですね。売れなかったんです。
作っても不良ばっかりで、クレームにもうまく対応できない。
もう会社をたたもうかという話になった時に、
1人のディック、
ナショナル・セミコンダクターでは
かなり伝説的な技術者だった
ディック・メリルさんという方が、
フォビオンに呼ばれて来ていて、
こんなことを言ったそうなんです。
「こんな構造じゃ、いい画が作れるわけない。
 フィルムみたいに、
 ちゃんと層で光を捕らえなきゃだめだ」。
この人は、写真も大好きで、
結構、いい写真を撮るんですよ。
「シリコンには、層の上のほうから
 波長の短いものを捕らえて、
 だんだん、長いものを捕らえるっていう特性があるから、
 それでセンサーを作れるはずだ」って。
ほんとうに実現できるか、確証はなかったけれど、
とにかく、そういうのを作ったんですね。
特許もとった。
そうしたら、もう一人のディック、
当時のチーフサイエンティストだった
ディック・ライアンさんが、
「これ、行けるんじゃないか」と。
そうしてできたのが、フォビオンセンサーなんです。
山木 その後、2000年のフォトキナの時に、
当社とフォビオンで「提携しましょう」と。
「うちはカメラのプラットフォームとレンズを提供するので、
 センサーを出してください」と。
「協業でやりましょう」っていうことで始まって、
開発したのが、SIGMA SD9というカメラでした。
当時としては、かなり尖がった仕様でして、
354万画素×3層、当時からローパスフィルターなし、
RAW専用機でJPEGは出力しない。
尖がりすぎた、時代の先を行きすぎるカメラでして、
あまり売れませんでした。

その後、2008年にフォビオンを当社が吸収合併します。
フォビオン創業時、
ベンチャーキャピタルから入れたお金があって、
だいたい10年で回収しなきゃいけなくなっていて、
お金を回収する方法は、上場してもらって、
市場からお金を調達する方法と、
どこかの会社に買ってもらうっていう
パターンがありました。
上場はむずかしかったので、
フォビオンは買ってくれるところを探していたんです。
当時、センサーメーカーを含めた複数の会社が
フォビオンと買収交渉をしていたようですけれど、
最終的に当社の傘下に入る決め手になったのは、
「自分たちの技術を、確実に世の中に残せる提携先」
と考えたからのようです。
今は、当社の100パーセント子会社になっています。
菅原 なるほど。
山木 フォビオンにもいろいろ、技術的な問題はあるんですよ。
たとえば現時点では、高感度に弱い。だから、
「万遍なく、真っ暗い所でも撮れる」とか言うと厳しい。
そして画像処理の方法が、今までと全然違うので、
そこを自分達でやらなきゃいけない。
それはかなりたいへんな苦労です。
ただ、きちっとしたライティングで、
ISO100のフィルムだと思って使っていただければ、
間違いなくいい画が撮れる。
けれども「ISO100からISO12,800まで、
バンバン撮れますよ」っていう用途を優先されると厳しい。
報道系は、そうじゃなきゃだめだと思うんですよね。
けれども当社としては、どちらかというと、
もう少し、作品系の方に使ってもらいたい。
使う範囲は狭くなりますけど、その代わり、
特徴のある画がつくれます。
私どもとしては、別に、当社じゃなくても、
キヤノンさん、ニコンさん、ソニーさん、
オリンパスさん、パナソニックさん、リコーさん‥‥
いろいろあるわけで、それはそれで使っていただいて、
「でも、こういうシーンだったら、これがいい」
みたいな感じで使っていただきたいんです。
そういった意味では、DPなんかは、
すごく気軽に入りやすいし、
レンズを買わなくても済むし。
当社としては、レンズも買って
いただきたいんですけれども。
菅原 車と同じだと思うんですよね、
1台ですべて叶えようって言っても、
なかなかむずかしいじゃないですか。
今は、車でもカメラでも、
1台で全部兼ね備えようっていうか、便利なものが、
優先されるのかもしれないですけど、
その分、楽しくなくなっていくっていうのが、
やっぱりありますよね。
山木 そうなんですね。
当社のカメラも、不都合なところはあるので。
菅原 「便利」じゃないですよね。
山木 「ちょっと申し訳ないけど、そこは理解してください」と。
「2シーターの車なので、ワゴンみたいに、
 人は乗りませんよ」とか、そういうような感じなんです。
菅原 ぼくが言うのは、「シグマのカメラは、
コンパクトでも一眼でもなく、
中判カメラだと思ってください」って。
山木 そうですね。私どもも、そういうふうに、
きちっとお客様にお伝えする努力をすべきなんです。
DPシリーズを普通に「コンパクト」って言ってしまうと、
ミスリードしちゃう部分もあったという気もして。
菅原 ポケットにも、なんとか入るけど、
パッパとは撮れないよ、っていう。
他社と同じサイズでも違うカメラだと思ったほうがいい。
思い出すのは、初めてDP1を使った時、
うれしかったということです。
だめなところもいっぱいあるけど、
可能性を感じましたから。
山木 ありがとうございます。
フォビオンセンサー自体も、開発されて10年ちょっと。
いわゆる普通のベイヤーセンサーは、
もう40年以上の歴史があるので、技術的なこなれかたというか、
積み重ねが違う。
当社も、そういうのを積み重ねていけば、
違ってくるとは思っているんです。


(次週につづきます)
2013-12-12-THU
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