こちらで今日ご用意のネタはひと通りでございます。
みればコッテリとしたツメをたっぷりまとった穴子。
フワッととろける穴子の
ふんわかした食感も見事だけれど、
なによりとても香ばしいツメがあまりに美味しくて、
我にかえって眼を閉じる。
飲食店で、やはり最後にいきつくところはおいしい料理。
それが無くして、
サービスだけがどんなに見事ですばらしくとも
その飲食店は「サービス業であって飲食業ではない」
んだなぁ‥‥、と。
〆に卵焼きか、もしお腹に余裕があるようでしたら、
かんぴょう巻きでもお作りしましょう?
そう言う店のご主人に、無礼を承知でボクは言います。
真ん中くらいでいただいた、平貝があまりにおいしく、
けれどそこから先をボンヤリしちゃって
あまり覚えていないのです。
もし失礼でなければ
平貝からやり直させていただけませんか?
寿司をまかせて握ってもらう。
それはすなわち、今日の一番おいしいネタを、
おいしい順に食べさせてもらうというコトで、
その順番を覆すコト。
しかも舌が疲れるほどに
コッテリとした穴子を食べた後に、
もう一度、繊細な味わいのモノを食べたい。
そんなコトをたのむなんて、
褒められた行為ではないことを知ってはいたけど、
頭もお腹もまた食べたい‥‥、とねだる訳です。
大食いでならしたボクの師匠も、
「できればそのご無礼に
ワタシものらせていただけませんか?」と。
無礼者のボクらにご主人は「よござんす」。
平貝に戻る前に、これを召し上がっていただきましょう。
そう言いながら、親指大のキュウリの上に
ワサビを塗ってご飯をのっける。
かっぱ巻きが裏返ったようなモノを差し出し、
ボクらは食べる。
キュウリが壊れて口一杯にシャキッと
緑のジュースを吐き出す。
わさびがツーンと鼻、くすぐって、
見事に口がリセットされる。
そして再び、平貝からボクらはめでたくやり直す。
ボンヤリ考え事をしながら寿司を食べてたボクは
ちょっとビックリしました。
このご主人。
寿司を握って、カウンターの上においた次の瞬間。
姿勢を正してボクらの顔を正面から見、
軽く会釈してそれから次の作業に入る。
「お待たせしました、召し上がれ」と、
言葉にならぬ言葉がボクには伝わってきて、
なるほどこれが寿司屋のサービス。
料理にココロを込めるからこそ、
ボクらのお腹を満たした上に、
ココロまでを満たしてくれる
ステキな料理になるんだなぁ‥‥、と。
ウットリしながら寿司を味わうボクらに
ご主人、気を良くしたのでありましょうか。
こんなコトをボクに言います。
自分の仕事は、川下りの船頭のようなもの。
川の上から下まで、たのしくお客様を運ぶ仕事。
人それぞれに、見たい景色は異なっていて、
その「見たい景色を感じながら」
進路や漕ぐスピードを加減する。
流れに任せて船頭させていただけるのは、
そりゃぁ、楽でありがたいこと。
流れに逆らう旅は大変。
力仕事になりはするけど、でもそれはそれ。
プロの技量の見せどころ、‥‥ってことでがんしょう。
と、そう言いニコッと笑って、
甘く仕上げた玉子焼きを、サッと一切れ。
その日の〆とあいなった。
今日は大雨の後の激流下りのようでしたか?
と、師匠は言って、みんな笑った。
すべてのサービスは料理をおいしく、
たのしくさせるスパイスでしかない。
とはいえ、スパイス抜きの料理は虚しい。
ただ、お腹を満たすだけのモノ。
サービス付きの料理を使って、
何度も何度もココロの扉をたたくと言うコト。
それは一体どういうことか、さて来週といたします。
|