ボクたちのお店の2年ちょっとの思い出を、
引き継いでくれるであろう場所が決まったコトで
ボクらは、「お店を閉店することになりました」と
お客様に告知するコトがはじめてできた。
ご予約を記入しておくダイアリー。
それから2ヶ月ちょっと先の、
閉店の日と決めた日から先のページには
大きく斜めの線を引き、予約を取らぬようにする。
店じまいの準備というのは、
やはりちょっと寂しいものでありました。

閉店のパーティなんかはするのですか?
そういう人もかなりいて、けれどボクらはこう答えます。
ボクらのこの店はなくなるけれど、
新しい店が近所に一軒できますから。
ここのシェフが、その新しい場所で
腕をふるってお客様をお待ちする。
だから寂しいなんて思わないでくださいネ。
準備が整ったら、そのお店のシェフの
お披露目パーティーと、試食会をいたしますので、
そのときにはご案内申し上げます‥‥、と。

ありがたいときに、
住所や電話番号まで頂戴したお客様リストが
300名に超えてあった。
お名前とお顔がすぐに一致するおなじみさんが
中でも200人ほど。
その人達にはお披露目パーティーの招待状は
もれなくだそう‥‥、とすぐに決まった。
けれどちょっと思案したのが試食会。
新しいお店で売り物にするであろう料理を
試食してもらい、ご意見を聞くための機会で
ボクらのお店を使うとなると一回分で20人ほど。
いろんな人に意見を聞くより、たよりになる人。
できれば長く、そのシェフと付き合ってくれそうな人を
集めて試食会ができないか?
さて、どうしたものかとボクは弱った。

思い切って師匠に聞きます。
「その新しいシェフは何歳ぐらいの人なのですか?」
たしか40手前、30代の後半だったと思います。
ならば、君のお店のお客様リストの中から
その年齢の人を選んで案内なさい。
それからシェフには、
自分が作ってたのしくて、
しかもおいしいと思うものを作って
その人たちに食べてもらうようにしなさい‥‥、と。

店は年をとる。
当然、そこで働いている人たちも年をとり、
お客様も年をとる。
お店の人と、お客様とが
同じように年をとっていくということが、
つまり「お店の繁盛が長続きする」
というコトでもあるのです。
それに、自分と同じ年代の人が働いているお店にゆくと、
人は自然とくつろげて、料理もおいしく感じるもの。
君はまだまだ若いから、
ピンとこないかもしれないけれど、
心がけてごらんなさい。

たしかに当時のボクの年齢。
30そこそこという年齢で、
レストランを経営できたというのは稀なコト。
行く店、会うシェフ、そこにいるお客様のほとんどが
ボクより年上で、
ボクの年代の人がボクらをもてなす店に
出会うことはまずなかった。
そもそも贅沢で上等な店。
調理やサービスに熟練を要するのだから、
しょうがないコトじゃないかとずっと思ってた。





ボクがそろそろ40歳になろうかという時のコト。
それまで7年間ほど、気に入って通っていたレストラン。
みずみずしくて繊細で、
素材の持ち味を素直に活かした
ボク好みの料理がたのしく、
しかもマダムのサービスも的確、やさしく丁寧な店。
シェフもマダムもそろそろ60という年齢を感じさせぬ、
ずっと変わらぬ魅力に溢れてた。
その日。
テーブルについた直後にシェフが出てきて、
「サカキさん、お願いがあるんです」という。
シェフの後ろにシェフの右腕。
ボクがココに通いはじめた頃からずっと、
シェフの傍らで働いていた
ちょうどボクと同い年くらいの人でしょうか。
サカキさんの今日の料理を、
彼に全部つくらせたいのだけど、
ワガママお許しいただけますか?と。
そろそろ彼も一人前になる準備をしなきゃいけない。
うちの料理を分かってくれてるお客様に、
こうしてお願いしているんです‥‥、と。
ボクなんかでいいのですか? と聞いたら、「ええ」。
同じくらいのお年のお客様に
お願いするコトにしているんです。

快諾をして、いつものように注文をして、
いつものように作ってもらったその日の料理。
いつもと同じ姿形。
たしかにいつもの料理なのだけれど、
いつもとちょっと違って感じる。
ガツンとくるのです。
味が違うか? というと、決してそんなコトはなく
当然、彼は学んだ通り。
素材も調味料もいつもと同じモノで、
なのに作る人が変わると味の印象が違って感じる。
シェフがやってきて、いかがでしたか? とボクに聞く。
ボクは、いつもいただいている
やさしい味も好きですけれど、
今日の料理もおいしく感じました。
いつもの料理は会話が進み、
今日の料理はワインが進む感じがいたします‥‥、と。
シェフは満足したように、
そろそろ私たちは引退しようと思ってるんです。
お店は閉めず。
今日の料理を作った彼と、
彼の彼女に店を委ねるつもりなんです。
そうなってからも、
よろしくご贔屓、お願いします‥‥、と。

ボクらがあのときしたコトも同じようなコトだった。
お客様リストの中から40歳前後の男性。
新しいお店のある場所から、それほど遠くない場所で
無理しないでも来てもらえそうな人を選んで、
試食会でご意見頂戴したいとお願いします。
そんな手紙を30名程に出し、
その半分ほどがお役に立てればと来てくれた。
ご意見頂戴。
それはそのまま新たなシェフのファンづくり。



2011-09-22-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN