ずっと準備をしていました。
何しろボクの手元には、
レストランを処分したときの法外なお小遣いが眠ってた。
生まれてこのかた、ずっと親と一緒に過ごし、
独立したいと思いながらもそう切りだすと
ことごとく、まだ一人前じゃないんだからと
ダメと言われる。
今の仕事もオモシロクはない。
なにより未来に夢がもてない。
この状況から逃げ出して、
新たな場所で出直すチャンスと、
何かキッカケを探していたボク。
だから喧嘩をしかけて、
お前でてけと言って欲しかったのかもしれません。
殴られたのをキッカケに、
身の回り品と印鑑、それから通帳を持ち
ボクは一旦、家を出る。
そして友人の家に転がり込んで、
本格的な家出の準備を開始する。
行きたい場所はきまってました。
ニューヨーク。
何度か仕事で訪れて、
ボクはその街のレストランビジネスが
好きで好きでしょうがなかった。
日本と同じく家賃は高く、
けれど高い家賃をひねり出すために、
従業員を犠牲にするようなお店がなかった。
すべての人にチャンスが用意されている、
日本と異なる不動産の契約事情。
なによりチップという習慣が、
働く人の懐を分厚く保護をしてくれている。
人と人とがシアワセになる場所としてのレストランが
ずっと正しく機能している、
ニューヨークというその街で、
ボクは自分の可能性を試したかった。
仕事がらみの友人が、何人かいて、
レストランのプロモーションを手がける会社や、
デザインオフィスから面接をしてもいいよと、
仕事もなんとかなりそうだった。
気持ちは前途洋洋でした。
一週間後のニューヨーク便の予約をし、
お世話になった人たちの挨拶をしてと
出発までを忙しくした。
家や会社に電話をかける、
暇もないほど忙しくして、けれどある日。
転がり込んだ友人の部屋に、母の名前で手紙が届いた。
何かの手立てで、ボクがそこにいることをつきとめて、
それで連絡をしてきたのでしょう。
受取人は友人で、封をあけると手紙がひとつ。
それからデコボコ、
何か分厚いモノが入った重たい包みがひとつ。
手紙は友人宛で中には、
うちの息子がお世話になります。
もし連絡がつくようでしたら、
同封の包みを渡してやってください‥‥、と。
それに商品券が入ってた。
ほら、おふくろさんからだよ‥‥、
と手渡された包みの中には
ナイフとフォーク、それからスプーンがひとセット。
それに手紙がありました。
シンイチロウ。
あなたはおそらくこの日本から出ていくのでしょう。
どこにいようと。
なにをしようと。
あなたは私の大切な分身だから、
私のコトをいたわるつもりで自分を大事になさい。
なによりおいしいモノを食べなさい。
おいしいモノを分け合う仲間をつくりなさい。
食べるものがなくなったらば、
自分で何かをつくりなさい。
そのお料理を、いいお皿にいれ、
上等なナイフ、フォークでお食べなさい。
お皿は邪魔になるでしょう。
だから銀のナイフ、フォークを送ります。
毎日、毎日、キレイに磨いてあげなさい。
なにを食べても、誰と食べても、
このナイフやフォークで食べてもおいしく感じない。
そうなったなら、家に戻っていらっしゃい。
みんなでご飯を食べましょう。
ボクは二日後、旅立ちました。
ナイフフォークにスプーンをそっと、
カバンにしのばせて。
それからしばらく、ボクはニューヨークの人になる。
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