そう言われれば、酒を学ぶというコトを
それまで一度もしたことはない。
なるほどそういうモノなのか、と思いはしたけど
やっぱり届くかどうか分からぬ荷物と、
そのスーツケースの中の書類に託された
この地におけるボクの命運。
それがあまりに心配で、
バーテンダーのその言葉もすんなり頭に入ってこない。
ただひとなめ、ひとなめ。
口の中に入って来ては、
舌の上でフワッと香り体や頭をあたたかくして
なくなっていく、ブランデーの力を借りて
一生懸命、ココロ落ち着かせようとするのに
気持ちは精一杯。
バーテンダーも心得たもの。
ボクをそのままそっと一人にしてくれる。
どのくらいたちましたか。
グラス一杯分のヘネシーがまもなくなくなり、
二杯目をおねだりしようかどうかというそんなとき。
背中の方から
「あなたのスーツケースでございましょうか?」
と、声がする。
振り返ったらそこには確かにボクのスーツケース。
向かいのホテルのユニフォームを着たベルボーイが
そっと、ボクに向かって差し出している。
早速ボクはスーツケースの鍵を開け、
求められていた書類を彼にてわたす。
その内容を確認した彼。
「それでミスターサカキ‥‥、
レセプションでお泊りの手続きをさせていただきたく、
当ホテルまでお供させていただきます」と。
まずはバーの勘定をしてからと、
バーテンダーに声をかけます。
差し出された勘定書きにはジンオンザロックス分の
2ドル55セントという数字がかかれているだけで、
ブランデーは言葉通りにバーのおごりになっていた。
ポケットの中から、飛行場で両替したばかりの
アメリカ紙幣を引っ張りだして、
1ドル紙幣を数えつつ、
「そうだ、今は何時になりました?」。
聞くとなんと7時半。
もう4時間近くもココでこうして
酒を片手にボンヤリしてた。
10ドル紙幣を1枚だして、
おつりはいいです、と彼に言う。
ブランデーに助けてもらったお礼ですから‥‥、
と加えるボクに、バーテンダーはニッコリしながら、
こう言います。
バーの中と外は違った世界。
酒に酔い、たのしむコトが許されるバーのこちら側から、
ジェントルマンであることを要求される
バーの向こう側に行く前に、
鏡でご自身の顔を確認されるコトを強くお薦めします。
ちなみに当バーのトイレ。
全身をうつす大きな鏡もございますゆえ、
お着替えなどにも重宝されるかと存じますが‥‥、と。
|