次のステイで用意されたマーテルはまたおいしくて、
けれどどれかに決めてしまうほどの違いはなくて、
それで結局、それからずっとボクのミニバーには
ヘネシー、マーテル、レミーマルタンが2本づつ、
仲良く並んでボクを待ってた。
そんなコトを、思い出し、
それで自分の銘柄をまずブランデーで作ってみようか。
バーでも、ホテルのミニバーでも。
酔うためでなく、自分を向きあい
時間をおだやかに過ごす
精神安定剤としてのブランデーを、
かっこよく注文できるようになれば、
お酒を嗜む良いきっかけになるのじゃないか。
そう思って、まずブランデーの章を
読破してやろうか‥‥、と、思って読むも、
まるで一向に頭の中に入ってこない。
だって味がわからないモノ。
好きか嫌いかわからぬものを
ただひたすら暗記するように読んだところで、
オモシロクもなければ
どれか一つに決めるコトなんてできもしない。
どうしよう‥‥、と思って
それで、ボクは一計を案じます。
名ブランデーのほとんどが
フランスで出来るというコトを、まずは学んだ。
そして当然、それらの名前はフランス語読みと、
英語読みで印象がかなり異なる。
その双方の印象が最も違って、
しかも最もフランス語のように聞こえる銘柄を
自分の好みとするのもいいんじゃないかと思った。
だって、海外の日本料理店に行って
「テンプーラ」とアメリカ訛りで注文するより、
「てんぷら」とキレイな日本語アクセントで
注文するほうが、粋で格好良く聞こえるじゃないですか。
こいつアジア人のクセして、
フランスかぶれていけすかない、
と嫌われてしまうリスクもあるかもしれないけれど、
まぁ、それはそれ。
アメリカという国では
ファーストインプレッションで
ガツンと印象に残すことの方が大切だから、
とそれでボクは、朗読会を開催することにしたのです。
場所はボクの部屋。
朗読者はエマ。
それからジャン。
エマは英語で、ジャンはフランス語で、
ブランデーの銘柄の名前をひとつ、
またひとつ読み上げてもらう。
英語で読み上げられるブランデーの名前は
ボクには聞き取りやすく、
けれどおいしさや趣というものにかける、
タダ「高級な酒」の名前にしか聞こえない。
一方、フランス語で読み上げられる名前はどれも、
見知らぬ国の魔法の言葉のようでウットリしちゃう。
ただ、それを自分の口から発してキレイに聞こえるか、
というといささか不安になるモノもある。
レミーマルタンは「ヘミマフタン」
のようにしか聞こえず、
マーテルはマルテルと
面白みにかけてまるでドイツ語みたい。
カミュ、バ・アルマニャックと
次々、名前が読み上げられて、
けれどとある銘柄の名前にボクの耳は釘付け。
クルボアジェ。
エマの口からは「コーバジェ」と聞こえるそれが、
ジャンの読みでは「クゥルヴォアズィエイ」と
まるで呪文のように聞こえる。
エマも、なんだかエキゾチックでステキな言葉と
小さく「クゥルヴォアズィエイ」とジャンを真似、
ボクもそっと「クゥルヴォアズィエイ」と声にしてみる。
いいんじゃないか‥‥?
クゥルヴォアズィエイ。
クゥルヴォアズィエイと、
何度も口に出して言ううち、
もうクゥルヴォアズィエイが
どんな香りで味なんだろうと、
いてもたってもいられなくなり、
ボクらは堪らず家を出る。
目指すは近所のホテルのバー。
クゥルヴォアズィエイとは一体どんな酒だったのか。
そしてボクがそのクゥルヴォアズィエイに
魅入られた理由は来週、ごきげんよう。
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