もともとブランデーは
「Vin brule」と呼ばれておりまして‥‥。

今日、3人目のバーテンダー氏は
おごそかな口調でレッスンスタート。

ヴァンブリュレという聞きなれぬ言葉を聞いて、
怪訝に思うエマとボクに、ジャンがいいます。
焼いたクリームがクレームブリュレ。
だからヴァンブリュレというのは、
「焼いたワイン」と訳せばいいのだろうネ。
ジャンにバーテンダー氏は手を差し伸ばす。

「ウィリアムと申します‥‥、
 適切なご説明、恐縮いたします」
と握手をしながらボクらに頭を下げて一言。

申し訳ございませんが、お席をお移りいただけませんか?
ブランデーのクラスルームは
あちらのお席になっておりますモノでして。

ウィリアムが手を差し出す方向はバーの入口近くの、
カウンターの角。
店にやってくる人の、必ず目にはいる席で
普段着のボクたちが座ることをためらった場所。
しかしそここそが、
「クゥルヴォアズィエイ」を学ぶのに
最適の場所だと彼は言い張る。
恐れ多くもそこに座って、カウンターの中をみると
壁に設えられた棚にズラリとお酒の瓶が並んでいるのは、
ついさっきまでいたところからの景色と同じ。
けれどさっきまでいた場所から見える瓶の色はカラフル。
今、目の前にある瓶はどっしりとして重厚で、茶色か黒い。

バーとひとことで申しましても、
いろんな種類がございまして。
お酒をカジュアルにたのしみたい
ボーイズ・アンド・ガールズのためのバーもあれば、
お酒をたのしむレディース・アンド・ジェントルメンの
ためのバーもある。
バーの一番目立つ場所。
そこにどんなお酒がおいてあるかを見れば、
どちらのお客様にとって居心地がよい場所なのかが
わかるようになっている。
私どものバーの一番目立つ場所。
そこにはこうして、ブランデーやウィスキー、
バーボンなどが置かれているのでございます。

なるほどこのバーは、ジックリお酒をたのしむ
紳士淑女のためにあるお店。
そして、ボクらはブランデー学部
「クゥルヴォアズィエイ」学課の
クラスルームの黒板の前に座っているという趣向。

それでは「ヴァンブリュレ」に話題を戻しましょう。
ワインのような果実酒を蒸留することからはじめる
ブランデー造りのコトを、「焼く」と表現したのでしょう。
焼けたワインという以上、
ブランデーはワインと同じ部類の飲み物。
同じシャトーの同じ銘柄のワインでも、
年代によりその味わいや風味は違う。
当然値段に差が出てしまう。
ブランデーも同じでつまり、熟成具合に応じて
違う名前がついているのです‥‥、と。

そう言いながら、瓶を一本、また一本。
後ろの棚から取り出して、ボクらの前に並べていきます。
スッと首が細く伸びた円柱形のスマートな瓶。
それが2本。
深い緑色のズングリとした瓶に、コロンと丸い透明な瓶。
そして大きな香水の瓶のようにもみえる瓶と
全部で5本の瓶が、ボクらの前にキレイにならぶ。
なるほどそれらすべての瓶のラベルに
「Courvoisier」と書かれていました。

ところでレディース・アンド・ジェントルメン。
どの「クゥルヴォアズィエイ」を
お召し上がりになりますか?






大きく両腕を広げる大げさな仕草と、
おちゃめな笑顔でボクらをみつめるウィリアムに、
ボクは100ドル紙幣を一枚、カウンターの上に置き、
「これで全部をちょっとづつ、
 飲み比べる勉強をさせていただけませんか?」と。
彼はニッコリ。
それぞれの瓶の前にグラスをおいて、
トクトク、ほんの少しづつそこに注いで、さぁ、どうぞ。
右から左に飲まれるコトをおすすめします、と‥‥。

樽の香りなのでしょうか、
くすんで重たい匂いが鼻をくすぐって、
ひと口含むとカーッと喉の奥が熱くなるような
アルコール分をしたたか感じる。
ところがそれが徐々にユックリ、おだやかになり、
レイズンを口に含んだような甘みと
たのしい渋みが舌の上に仄かに残る。
味がおいしいというよりも、
香りが豊かで体がポワンとあたたかくなる
気持ちの良さを味わうお酒。

最初に飲んだ一本目から、
その独特な存在感にうっとりしながら2本目、
そして3本目へと飲むすすめるに従って、
アルコールっぽさはまろやかになり、
どっしりとした芳醇な風味がましてく。
なにより体のあたたかさが持続するのに、びっくりします。
おそらく最初に飲んだものが一番若くて安く、
徐々に古くて高い「クゥルヴォアズィエイ」であるのに
違いないと思う。
それぞれの瓶のラベルには「Courvoisier」の文字の他に
暗号めいた記号がいくつか。

VS、
VSOP、
Napoleon、
XO、
そして、
21。

ひとつひとつの記号をなぞりながら、
ウィリアムが謎解きをします。
VSは、Very Superior、つまりとても優れたブランデー。
VSOPは、Very Superior Old Pale、
とてもすぐれている上に古くて
しかも透き通った上質なブランデー。
Napoleonはそのメーカーの象徴的な味わい、
風味を持った代表的なるブランデー。
XOは、エクストラオールドの意味で
つまりより熟成が効いたまろやかな高級品。
21は21年もの‥‥、
つまりワインでいうところの
ヴィンテージモノというコトになる。

なるほどたしかに、
手間と時間はブランデーをおいしくさせる。
けれど古くて高いブランデーだけがおいしいか?
というと、それぞれ十分おいしくて
「これはもう懐具合で選ぶほかないのでしょうか?」
と聞いてみる。






私どものバーにある酒は、
どれひとつとして必要のない酒はない、と思っております。
お酒というモノ。
値段ではなく、使い勝手や目的で選ばれるモノ。
例えば、上気した表情で
身なりのいいビジネスマンが飛び込んできて、
「XOを一杯くれないか」と言ったら、
この人は多分、大きな取引をまとめたばかりに違いない。
一緒にキャビアはいかがですか? と、多分薦める。
1人でいらっしゃったお客様が、
ブランデーをとおっしゃれば、
ナポレオンかVSOP、どちらにしますか、と聞くでしょう。
時間をかけてお飲みになるなら、
ナポレオンの方がおいしく召し上がれます‥‥、
と、一言そえるかもしれない。
もし皆さんにブランデーを薦めるならば、多分、VSOP。
値段もほどよく、なにより会話をたのしくさせる
明るい味がピッタリだから。

ならば一番手軽な値段のVSは、どんな方にお薦めするの?
酔っ払いたい人に薦めるお酒なのかしら‥‥、
とエマが横槍。

ブランデーをストレートでなく飲まれたい方。
ソーダで割ったり、水で割ったり。
あるいはカクテルで飲まれたいという方のためには、
特別のコトがない限り
若くてこなれた値段のモノを使うのです。
どうしてもXOやナポレオンで
カクテルを作って欲しいという方もいらっしゃるけど、
粋ではない。
赤身の肉で作ってはじめておいしいハンバーガーを、
霜降りコーベビーフで作ってもおいしくはないし、
粋じゃないというのと同じでしょうな‥‥、と。
ただカクテルをご注文のとき、
「ブランデーはクゥルヴォアズィエイを
 使っていただけませんか?」
なんて注文をするお客様には、緊張します。
あぁ、自分の好きなブランドをもっている人の注文。
シェイカーやマドラーを握る手に力がはいって、
より丁寧に作らなくてはと思ったりするものなのです‥‥、
と言ってウィンク。

ブランデーを使ったカクテルで、
ちょっと変わったモノがある。
ためしてみますか。
お客様の口の中でできあがる、
不思議なカクテルなのですけれど、
と言われて断る理由はなくて、お願いしますと、
さぁ、来週。

2012-05-31-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN