そういえばボクの母。
お酒を飲むのが好きな人で、
けれど家では滅多に飲まない。
食事をしながら、
軽くワインを一杯なんていうコトはする。
けれど、家族のために
料理を作らなくちゃいけないシェフが、
お酒を飲んで酔っ払うなんて、
そんなレストランはイヤでしょう‥‥、って、
あんまり飲まない。
それじゃぁ、食後になんてお酒を飲まないの?
って聞いたら、お父さんがもっとガンバって
お金を稼いで、家の中にバーでも作ってくれたら
毎晩、そこで飲むかもしれないわねぇ‥‥、って。
つまり、お酒をたのしむ雰囲気が
お酒をおいしくさせるから。
お酒をたのしむ人がいて、キリッと凛々しく、
やさしい笑顔のバーテンダーが
いつも注意を払ってくれる。
安心できて、安全で、
しかもたのしいホテルのバーの雰囲気が、
おそらく母は好きなのでしょう。
旅にでると必ずホテルのバーで最初の夜を過ごしていた。
深酒はせず、大抵、一杯。
大好きなのはマティーニで、それを一杯。
ユックリ時間をかけてたのしみ、
それから必ず二杯目を、こう言い、たのむ。
ワタシをイメージしたカクテルを
作ってくださらないかしら‥‥。
あなたのオリジナル。
今日、この街に来たばかりだから思い出に残るような、
そして元気がでるような。
何を使っても大丈夫。
でもお酒だけは使わず作ってくださらない? って。
赤いドレスを着ていたからと、クランベリージュースを
ベースにした飲みモノがやってくるコトもあり、
この島でとれる最上級のマンゴーのピュレを使って
フローズンダイキリのように
仕上げてみましただとか‥‥。
いかがですか? と心配そうに、
飲む母の顔を見つめるバーテンダーに、母はニッコリ。
ステキな飲み物、ありがとう。
ところでこのカクテルの名前はもう決めてらっしゃる?
もし決まってないのなら、
ワタシが名前をつけてもいいかしら。
いいえ、というバーテンダーはまずいない。
イエス、マダムという彼に、
例えばそこがホノルルならば、
「ユカ・ホノルル」って名前なんてどうかしら。
ワタシの名前は「ユカ・サカキ」。
ここはホノルル。
だから「ユカ・ホノルル」‥‥、
ステキだとは思いませんこと?
そしてつかの間、その飲み物は
ユカ・ホノルルって名前になる。
世界中に、ユカ◯◯って名前の
ノンアルコールカクテルが少なく見積もっても
30種類はあるんじゃないかな?
それが今でも作られていて、
今でもユカ◯◯って呼ばれているとは思わない。
けれど母。
おいしくそれを飲み終わると、
この飲み物のレシピを書いていただけないこと?
って、お願いをする。
書いてもらったレシピに
アナタのサインをちょうだいできないかしら、
と、それを旅の思い出に手帳に貼って大切にする。
ボストンのホテルでのコト。
到着当日に出かけたホテルのメインバーで、
「ユカ・ボストン」という
りんごジュースをベースにしたソーダドリンクを
作ってもらった翌日のディナー。
体調が優れぬという母のために、
ホテルのコーヒーショップで
軽く食事をというコトにした。
お飲み物は? という質問に、ボクはワインを。
母は、お酒ではない何かスッキリするものを‥‥、と。
そう言うと、ウェイターが
「ユカ・ボストンはいかがですか?」
と、さらりと薦める。
母の曇った顔が途端に明るくなって、
「覚めない夢ってステキなモノね」
と、ユカ・ボストンをもらってゴクリ。
一夜過ぎてもユカ・ボストンは消えずに
ホテルのバーにあるシアワセに、
二人はウットリしたものでした。
バーとはときに魔法をボクらにかけるもの。
さて来週に続きます。
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