そういうボクをおじぃちゃんは
「今日のことはお父さんやおかぁさんには
言うんじゃないぞ」と言いながら、
ボクをとある店に連れてく。
街で一番の鰻の料亭。
テーブル席でいいからと、
それでも案内されたところは小さな個室で
お店の中には煙の匂いすらどこにもない。
日本酒をぬる燗でまずはもらおうか。
この子にはオレンジジュースでもやっておくれよ。
まずは「うざく」と「う巻き」をもらって、
それでうな重。
小さくていいから上等なのを‥‥、と。
手慣れた調子で注文をする。
それから延々。
40分ほども待ちましたか。
おじぃちゃんはお銚子2本を
ちびりちびりと味わいながら、
ボクはひたすら空腹をこらえて、
そしてやってきたうな重。
漆のお重に蓋をして、
やってきたそれの蓋をとった途端に
部屋を満たす鰻のおいしい香りに、
もうそれだけでお腹が満たされるようなシアワセを
ボクは感じた。
ココは注文をしてから鰻を割いて、蒸してそれから焼く。
だからこうして時間がかかる。
うちの鰻は早く提供しなくちゃいかん。
だから事前に割いて蒸してる。
注文が入ってするのは焼くだけ。
だからおいしく感じてもらうために、
食べる前から焼いてる匂いでもてなしている。
この部屋に鰻が焼ける匂いがずっとしてたらどうする?
お腹が空いてしょうがなくなる。
なにより、料理を食べる前から
鰻の匂いで腹が一杯になっちゃうだろう。
料理の匂いは最後の最後にやってくる、
主役じゃなくちゃいかんのだ。
そういえば今まで出ていた料理も
ほとんど、香りが淡い料理ばかりだったよね。
うざくのキュウリは緑の香り。
う巻きも玉子の香りが主役で、
それぞれ鰻の蒲焼きを使った料理ではあるけれど、
鰻の香りは最小限。
だからこうしてうな重がやってきたときに、
おいしい匂いと思えたんだネ。
そういうボクに、それが「香りの先味」なんじゃよ。
お前は本当に物分かりがいい。
いい跡取りになるに違いない、と褒めつつ、
冷酒ちょうだいと注文し、
ご飯の上の鰻だけをつまみに酒をちびちびとやる。
ご飯は食べないの? と聞いたら、
最後に茶漬けにするんだ‥‥、と。
そしてうんちく、ひとくさり。
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