寿司屋の近所のホテルのロビーを
待ち合わせ場所にまず設定し、
そこから歩いていけるところにある
フランス料理のお店に電話をかけて、
たしかにサロンのヴィンテージ・シャンパンや
シャトー・ディケムがあることを確認をして、
予約をすませる。
母には直前まで寿司屋にいけるかどうかわからないけど、
と伝えて、あとは運を天に任せる10日ほど。
さて当日のコトであります。
会社で仕事をしていたボクに、電話がきます。
お客様がのるはずだったフライトがキャンセルされて、
残念だけどいけなくなった。
だから良ければボクの代わりに
行ってくれないかという電話で、
その日ほど、ボクは他人の不幸に
感謝したことはなかったネ。
母に急いで連絡しようと思って探してみるのだけれど、
家に電話をかけても出ない。
携帯電話なんてない時代のコトでありまして、
こりゃ、しょうがない。
ホテルのロビーでサプライズっていうのもいいかと、
夕方、待ち合わせの時間にあわせてそこにでかける。
母は準備万端で待っていました。
ヘアーサロンに行ってきたのよ‥‥、という母の姿は
フレンチレストランのテーブルクロスのかかった
テーブルにピタリと映えるようにできてた。
フワリと大きく跳ね上がるように整えられた
濃い栗色のボリューム感のある髪に、大きなピアス、
クッキリとしたメイク顔。
こんなに気合の入った母はひさしぶりだなぁ‥‥、
って思ってそっと手を出して、椅子に座った母を立たせる。
そして言います。
「寿司屋の予約がとれたんだよ!」
あら、ステキ。
そういう母はなぜだかちょっと戸惑い顔で、
ファーマシーに付き合って‥‥、
とホテルのロビーの売店に行く。
そしていくつか買い物を。
ヘアーバンドにティッシュペーパー、
コットンパフにそしてなぜだか除光液。
買ったばかりのヘアーバンドで髪を束ねて
ひっつめ髪にととのえなおし、
アクセサリーを全部外してハンドバッグの中におさめる。
そしてティッシュペーパーを唇で挟んで
ギュギュッとぬぐう。
せっかくおしゃれをしてきたのに‥‥、
というボクの言葉もかまわずに
真っ赤な口紅をほとんど落としてティッシュを丸める。
そして言います。
お寿司屋さんという場所は、
お寿司が一番キレイで
うつくしくみえなきゃいけない場所なのよ。
そんなところにバッチリきめたワタシなんかが
行ってごらんなさい。
お寿司に嫉妬されるでしょ。
食べ手はめだたぬように心がけなきゃいけないの。
それにお寿司のようなデリケートなモノを、
口紅ベッタリ塗った唇であじわうなんてできないもの。
オンナの唇は悔しいときにハンカチを噛む。
これから寿司を食べるときには
ティッシュを噛むって決まってるの‥‥!
と言ってニッコリ。
たしかに昔、女性の気持ちになって食事をしてみようと、
口紅塗って焼鳥や刺身を食べたコトがあるけど、
微妙な味がわからずビックリしたことがある。
特に寿司や蕎麦のような唇でまず味わう料理に
口紅ってのは邪魔になる。
さすがだなぁ‥‥、って思っていたらちょっと失礼。
お手洗いにいってくるわねって、
しばらくたって戻ってきた母の指から
マニキュアきれいさっぱりなくなっていた。
おまたせ、それじゃぁいきましょう!
ホテルのロビーを出ていく母の後ろ姿はスキッと伸びて、
まるで闘士の凛々しき様。
日本の料理と香りの話。はじめるつもりが
来週のおたのしみってコトにしましょう‥‥、
また来週。
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