さて、場所をニューヨークに移しましょう。
日本の「ほのかな残り香」をたのしむような
香りの文化とは、まるで違った
独特の香りの文化を持った街。
高級なレストランにいくと、
必ず共通した、とある香りに出迎えられる。
その香りというのが、アメリカの人にとって
食欲をそそる「先味」のようなモノなんだけど、
それが何かを紹介する前に、ちょっと寄り道。

アメリカの料理の特徴って何?
ってコトを考えてみましょう。


もともとほんのひとにぎりのネイティブアメリカンしか
住んでいなかった新しい国。
いろんな国の人たちが、それぞれ故郷の料理を持ちより、
多彩な料理がときにそのまま、
ときに混じりあってアメリカ料理を形作ってる。
ちょっとした大きな街には、
かならずイタリア系の人たちが集まる
リトルイタリーがあり、イタリア料理のお店がひしめき、
不思議なコトにその近所にはチャイナタウンがあって、
そこでは朝からお粥がたのしめる。
しっかりとした寿司レストランがあるというのが、
文化レベルの高い街の
バロメーターであったりもする‥‥、つ
まりちょっとした街にいけば
世界中の料理を供するレストランがあるのがアメリカ。

ではあるのだけど。

アメリカのイタリア料理のお店は
他のどんな国にあるイタリア料理のお店とも、
ちょっと違ったアメリカ的なる
イタリア料理のお店になってる。
日本料理も、中国料理も、ちょっと違ったアメリカ流。
料理自体がアメリカ人の好みにあうように
現地化されてるというコトもある。
けれど決定的に、メニュー構成が違うのです。
アメリカ人が大好きな店。
そこには必ず「グリル料理」が
メインのひとつとして用意されてる。
イタリア料理も、フランス料理も。
お店が自信をもって薦めるメインは、
肉のステーキ、あるいは魚介のグリル。
炭でそれらが焼かれていれば、もう完璧で、
他のどんな料理をたのんだときよりも、
お店の人はニコニコ顔で、提供する手にも力がはいる。
中国料理のお店で何が自慢ですか? と聞いて、
「うちの窯焼きチャーシューはどこにも負けない」
というレストランは、大抵、繁盛していたりする。
日本料理のお店にあって、
たとえ寿司レストランという看板を掲げていても、
神戸ビーフの照り焼きグリルがあるかないかは死活問題。
‥‥、なのであります。

なぜ、なんだろう。

不思議に思って、エマとジャンに聞いてみた。
エマがバッサリ、こう答えます。
だって、アメリカ人ってつい最近まで、
「料理を作る=薪を積んで火をおこす」
ってことからスタートしてたんだもの。
その薪の上に獲物を置く。
こんがり焼いてさぁ、食べよう! って。
つまりバーベキューよネ。
炭の匂いが食欲そそる。
日本料理も、中国料理も、メキシコ料理だって
炭の香りをまとった料理を食べたい‥‥、
そう思うようにアメリカ人の頭の中って
プログラムされているのよ‥‥、って。

いささか誇張があるとは思う。
けれど決して的外れじゃないと、ボクも思った。
だって確かにカリフォルニアで、友人家族から
「今度、うちのプールサイドで
 バーベキューをするんだけど、来ないか?」
って誘われるのが、最高級のもてなしだった。
集合住宅住まいが普通で、
バーベキューができる庭や
プールサイドを持ってないニューヨーカーが
ときおり郊外でバーベキューでもしようかなんて、
誰かが言い出すと、みんな異常なほどに盛り上がる。

煙の香りがゴチソウなんです。
肉や魚の脂が落ちて、炭にあたってジュッとはじける。
それが煙になって上がって
肉や魚を燻して香りをつけていく。
調味料なんてなくっても、煙の香りと塩と胡椒があれば
おいしい料理が出来上がっていく‥‥、
それがアメリカの料理の
根源的な正体であろうとたしかに思う。
例えばどんなグルメバーガーのお店の
ハンバーガーよりも、
プールサイドで焼かれるハンバーガーはおいしく感じる。
パテはおそらく日本で言えば
ジャスコみたいな極めて普通の
スーパーマーケットに売っている、凍ったパテ。
パンも10個まとめて2ドルくらいの
袋に入った量産品で、けれどそれらを網にのっける。
網の下には炭かガス。
どちらにしても直火が待ち受け、
そこに肉汁や脂があたり煙となってモクモクあがる。
焼いてる匂いがおいしくて、
焼きあがるのが待ち遠しくなる。
出来上がったハンバーガーも風味ゆたかで、
余分な脂がおちているから油っこさを感じること無く
肉のうま味を堪能できる。
水着姿で頬張れば、
パテから肉汁がポタポタ落ちても気にすることない‥‥、
庭に面した縁側でスイカを食べるがごとく
ボタボタ、体を汚して貪り味わう。
これがアメリカ料理なんだとウットリします。


バーガーキングっていうお店があります。
ハンバーガーのファストフードで、
二番目に大きなチェーン店。
当然、一番大きな会社はマクドナルドで、
マクドナルドのハンバーガーと差別化するため
彼らは「パテを直火でグリルする」というコトに
徹底的にこだわった。
マクドナルドのハンバーガーは鉄板で焼く。
風味もなければ、パテに脂がタップリ
もしも混じっていたら
溶け出た脂の中でパテを焼くことになる。
そんなハンバーガーは油っこくっておいしくはない。
それに比べてバーガーキングのハンバーガーは
プールサイドのハンバーガーと同じ
おいしさがあるんだよ‥‥、
と彼らは言い張り差別化とした。
ちょっと高くても香りのおいしいハンバーガーの方が
好きだという人たちに支持され
ナンバー2のチェーンに上り詰め、
ところがハンバーガー業界で
「朝食戦争」がはじまったのです。

ランチや夜の売上が飽和状態に達すると、
朝食営業で売上を増やさなくちゃ
いけないようになってくる。
アメリカの朝食と言えば「卵料理」か「パンケーキ」。
どちらも鉄板の上やフライパンで作られる料理。
バーガーキングには直火調理器しかなくて、
卵を焼こうにもパンケーキを作りたくても、
そのための調理器具がなかったのです。
煙にこだわり続けるか。
それとも直火調理をすてて
朝食メニューを調理できる調理器具に変更するか。
他のチェーン店は朝食時間帯の売上を
どんどん増やして、事業内容がよくなっていく。
だって原価の高い肉を焼いて売るのと違って、
「粉と卵」という原価の安いもので
商売できるのですから、利益がどんどん増えていく。
けれど彼らは直火調理を捨てなかった。
それを捨てるということは、
「アメリカ人が一番好きな料理を作れなくなることだ」
と、それで捨てずに今に至ってる。
未だにマクドナルドについで
2番目の大きさなハンバーガーチェーンだというコトが、
その判断が決して間違ってなかったコトを
多分、示しているんでしょうネ。
ボクもバーガーキングでハンバーガーを食べると
フッと、アメリカのプールサイドの景色が
見えてくるような、そんな気がする。

まぁ、ヨーロッパでも200年くらい前までは、
料理といえばバーベキューみたいな
時代があったからネ‥‥、とジャンは茶化すも、
エマは動じず
「あと200年たっても
 アメリカ人は炭の香りを愛していると思うわネ」
って、不敵に笑う。
だって「スモークフレーバーのバーベキューソース」
なんてモノが大量に売られるアメリカ。
「香りを調味料」にする国民て、
そんなにいないと思うのよね‥‥。
そういいながら、あぁ、スペアリブのバーベキューが
食べたくなったと、その日はみんなでいそいそ
バーベキューレストランにでかけたモノです。

さてさて冒頭の問の解答。
高級なレストランにいくと、
必ず共通した、とある香りに出迎えられる、
その香りとは何か?
ほとんどみなさん見当がつかれたことと思います。
けれど「その香り」が
以外なところからやってくるのに、
ボクは本当に感心しました。
どこからそれがやってくるのか‥‥。
答えは来週といたします。


2012-08-30-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN