入り口の重たい扉をそっと開けます。
それは大抵、内側に開く。
お客様の到着を待ちかねている主人が開けて、
「ようこそ」と
お客様をスマートに招き入れられるように内側。
無理やり中に入ってこようとする不届き者を、
全体重をかけて侵入を食い止め易いように内側。
アメリカの一般家庭の
ほとんどすべてがそうであるように、
扉は店の中に向かって開いていきます。
中に入ると玄関ホール。
そこで食事をするのに必要のない
カバンや帽子を手渡します。
よくレストランで帽子をかぶったまま
食事をしている人がいるけれど、
もしもあなたの家に玄関先で
帽子を目深にかぶったまま脱ごうとしない輩がきたら、
追い返して中に絶対いれないでしょう?
帽子は屋外でかぶるもの。
シルクハットに限っては
晩餐会の場でかぶることが許されているけど、
それも女性の前では脱ぐのが礼儀。
つまりレストランで帽子を脱がぬ人がいたら、
帽子を脱いであらわにするのが恥ずかしい
頭の状態であるのだなぁ‥‥、と思えばいいかな(笑)。
寒い季節ならコートもわたす。
脱いだコートを出迎えてくれた人に差し出して、
もし受け取ってくれなかったとしたらばそれは
「あなたはウェルカムされない」という無言の抵抗。
予約をもしもしていたならば、
コートを脱ぐ前に予約の名前を伝えて
それで、出迎えた人にコートをスルッと脱がせてもらう。
もてなされ上手とはそういう手順からスタートします。
予約を入れずにお店にやってきたとしましょう。
身なりも抜群。
背筋もしゃんとしていて、
靴もピカピカで、コートの下には自慢のスーツ。
早くそれを見せびらかしたいとしても
ちょっと我慢をしましょう。
予約をしてはいないのですけど、
お席をご準備いただけますか? とまずは聞いてみる。
めでたく空席があればはじめて、クルンと体を翻し、
レセプショニストに背中をみせつつ
コートを脱ぐ仕草をします。
あらあら不思議。
コートの方から脱げていく。
つまり、レセプショニストが脱がせてくれる。
コートを自分で脱いでおきつつ、
「予約はしてない」「申し訳ない、席は無し」。
脱いだコートを再び羽織り、
肩を落として帰っていくなんて、
そんな恥ずかしいことはしたくなないもの。
あの人、いいスーツを着てたのにネ‥‥、
カワイソウって言われたくなければ順序を間違えず。
カバンを手渡しコートも脱いで、
そして案内されるのが「サロン」という場所。
お店によって、そこが英国の書斎風だったり、
イタリア風にバーがしつらえられていたりと
雰囲気がちょっとづつ違いはするけど、
食事をたのしむための心の準備をする場所。
家で言えばリビングルームのような
場所とでも言いますか。
食事をたのしむためにやってきた友人ではある。
けれど彼らに、いきなり
「それじゃぁ、食事でも」っていうのはあまりに不躾。
ゆっくり座って気のきいた会話を少々。
ちょっと軽くお酒でも飲んで
気持ちをほぐしましょう‥‥、
とそんな時間の次に食堂へ
さぁどうぞという手順をとるのがやはりスマート。
深海から水圧の異なる水面に向かうときに、
減圧室で体調を整えなくてはならないように、
サロンで食事をたのしむための準備を行う。
これから向かおうとする食卓が、
日常生活から遠くにあればあるほど気圧の差が激しくて、
つまりサロンでいる時間、
あるいはサロンのしつらえは大仰で
入念なものになっていく。
そこに香りがあるのです!
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