アメリカという国の高級レストランでは、
薪が焦げる香りが先味。
しかもそれがやってくる場所は「暖炉」なのであります。

そういえば、昔、レストランビジネスの視察に
カリフォルニアに行く度、
モデルハウスを見て回っていたコトがありました。
人が生活する空間。
生活環境が変わると家の間取りや備品、
あるいは設備が変わってく。
例えば、この界隈は共稼ぎ世帯がおおいんですよ‥‥、
って地区にいくと、マスターベッドルームの洗面所に、
洗面台が2つしつらえられるようになる。
出勤前の身支度を夫婦別々にできるようにという配慮。
同じ地区でも時代が変わると、
家に対するニーズが変わってきたりもします。
ゲームルームや書斎がいつしか、
大きなテレビを真ん中に置く
ホームシアターになっていき、
それもいつしか個人個人が
インターネットをたのしむ場所におきかわる。

当然そこには「食べるというコトに対するスタイル」が
表現されてて、それをしらなきゃ、
飲食店ばかりみててもしょうがないじゃない‥‥、って。
それがモデルハウスを訪れる、
最大の目的だったのですね。
特にキッチン。
モデルハウスにはキッチン用品や
キッチン家電の提案も同時にされてて
その変化をみるのがたのしかったし勉強になった。




例えば大きな冷蔵庫。
1990年のはじめまでは、
ほとんどの冷蔵庫が観音開きのツードアで、
半分冷蔵、半分冷凍。
つまり冷凍食品に食生活は依存していた。
ところがそれが徐々に冷凍庫の容積が少なくなって、
その頃からかなぁ‥‥、
オーガニックなスーパーマーケットや
レストランが増えてきた。
「昔は一週間に一回、スーパーマーケットで
 食料品をまとめ買いしていたんだけど、
 最近はまとめ買いは止め、週に数回、
 仕事の帰りに買い物をするようになってきたのよ」
というようになってきたのが2000年を前後した頃。
同時に週に1回の
「イベントとしての食事」をたのしくさせる
ファミリーレストランが人気をなくし、
週に数回、一人でする買い物のついでの
スタバのようなお店が増えてくる。

モデルルームのキッチンをみれば、
外食産業がみえてくるネ‥‥、と、それで何度も。
ただほとんどの参加者が口をそろえてビックリするのが、
ガス口の上のフードが小さく、
しかも高いところにあるというところ。
日本の家に比べて天井が高くできている。
しかも背が高い人が多いから、
フードが下に垂れ下がってると
頭をぶつけて不便でもある。
だから高いところにフード。
でも、それじゃぁ、煙をシッカリ吸い込まない。
中にはダイニングルームの真ん中に
オープンキッチンスタイルでガスのコンロが置かれてて、
にもかかわらずフードが上に下がっていないことがある。
フードがあるとデザイン的にうつくしくなく、
調理をしている人の顔が隠れてしまうから。
これじゃぁ、目玉焼きとかお湯を沸かすくらいしか
料理はできない。

煙の出る料理はどこでするの? って聞いたら簡単。
裏庭にバーベキューガーデンがあるからそちらで‥‥、
って言うのが私達の提案なんですと。
見ればたしかに裏庭に
立派なバーベキューセットがあって、
それを取り囲むようにガーデンチェアがおかれてる。
ご予算をあと2万ドルほど足していただければ
小さなプールをおつくりすることもできます、
なんて‥‥、なるほどこれが彼らのスタイル。

そうした家に必ず用意されているのが、
家族が集まる部屋に大きな暖炉。
南カリフォルニアやテキサス、フロリダ。
一年中あったかくって、
暖炉で暖を取る必要がないようなところでも、
暖炉があるかないかは
売れる家かどうかを決めるポイントで、理由は香り。
いつも暖炉を燃やすという訳では当然なくて、
例えばお客様をお迎えしたとき。
日本で言えば、お客様をお迎えする時に
家の前を打ち水をして清めるがごとく、
暖炉に火をつけ「ようこそ我が家へ」の
メッセージとする。
あるいは今日は特別ごちそうを作ろうと思ったときには、
暖炉に火を灯す。
薪が燃える香りは気持ちをあたたかくして、
なにより薪が燃える香りを嗅ぐとお腹がすいてくる‥‥、
つまり最高のアペタイザーだから
絶対、アメリカの幸せな家には
必要なんだっていうのです。




アメリカのレストランは家をなぞって出来上がる。
暖炉の香り‥‥、つまり
「鼻から感じるアペタイザー」を思う存分味わって、
そしておもむろに名前を呼ばれて
ダイニングルームにいざなわれます。
もっとおいしい香りを嗅いでいたいのに‥‥。
あぁ、勿体無いと思いながら、
鼻が途端にさみしくなります。
さみしくなると同時に、一生懸命、香りを探す。
食事がどんどんたのしくなってくる仕掛けです。

料理が直接発する香りでないもので、
料理に思いを馳せるというコト。
香りをたよりにイマジネーションをふくらませ、
料理をおいしく味わうココロの準備をするコト。
日本の人がまず「目で見て」味わうように
彼らは「鼻」で味わう。
それも食卓につくずっと前から、
料理がやってくるまでをずっと鼻で味わっている。
「セイヴォリー」をたのしむという、
アメリカ的なる料理の楽しみ方は、
こうしてたしかにはじまるのです。

それにしてもアメリカのレストランの
ダイニングルームには、さまざまな香りが渦巻いている。
料理のひとつひとつが強烈な匂いを発して、
隣の席までなだれ込んでくる。
日本の料理の香りのテリトリーは、とても狭くて、
ときに同じテーブルを囲む人たちにすら届かぬほど。
そんな香りの上では控えめな料理と違って、
厨房の中から運ばれる通路に、
匂いのパレードが繰り広げられるほどに香りが強くて、
幾つもの香りが混じって新たな匂いを作り出す。

私達と外界をつないでいるさまざまな情報の中でも
「香り」というのは極めて特別。
目なら閉じれば見なくてすむ。
耳ならふさげば聞かなくてすむ。
けれど匂いに関しては、
生きてる限り空気を吸わなきゃいけないわけで、
否応なしに体の中にはいってくる。
嫌な匂いも嗅がなくちゃいけないわけで、
ときに暴力的な香りに悩まされることもある。
香水。
あるいはタバコの匂い。
どうにもこうにも好きになれない
香辛料の香りであったり。
渦巻く香りに負けてしまうと、
快適な食事をたのしむコトが
できなくなってしまったりする。
さぁ、どうしよう。

レストランで香りを制するたのしい工夫。
さて、来週といたしましょう。


2012-09-13-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN