靴同楽をしていた頃がありました。
食べる仕事が続くと体が大きく腫れていく。
それじゃぁいけないとジムに通うと腕や太ももが膨らんで、
体がはまる服がどんどん少なくなってく。
体型が変わりやすい体質のボク。
体のサイズが変わっても出来るおしゃれは‥‥、
と探していくと、行き着く先は靴になる。
少々太ろうが、痩せてしまおうが
靴が急に履けなくなるようなコトはありませんから。
‥‥、とそんなことを言い訳に。

ずっと靴なんて言うのは丈夫で履きやすければそれでいい。
運動靴と普段着用のスリップオン、
スーツ用の革靴があればそれで十分と思っていたのに、
買い始めるとこれがたのしい。
買い慣れないと選ぶコトが面倒臭く、
一体何を買えばいいのか迷ってなかなか決まらない。
けれど自分で選ぶということを、
何度も何度も繰り返していくと、
迷うというコトがたのしくて、
今日はどんな靴が売り場にあるかな‥‥、って思いながら
靴の売り場に行くこと自体がたのしくなってくる。
レストランでメニューを選ぶというのも
もしかしたら同じコトかもしれないなぁ‥‥。
慣れるとたのしい。
同じように見えるモノでも、
そこにちょっとした違いをみつけて感動できたり
するモノなんでしょう。
挙句の果てに、引越し先を選ぶときの条件が
「大きな靴箱があること、あるいは置けること」
なんて具合。

特に革靴。
ビジネスマンのおしゃれは
足元をカチッとさせるコトが肝要。
名刺交換をするときだって、自然に足元に目が行くんだから
靴にお金をかけるのは、投資のようなモノだからと、
かなり前向きに買い集めました。
真面目な印象をお客様に受け取ってもらうためにと誂えた、
英国仕立ての服には
大きくガッシリとした、やはり英国風の靴。
カジュアルでたのしい仕事のためにと買った
イタリア風のジャケットには、やはりイタリアの華奢な靴。
そう思ってその両方を買ってためしてみたのだけれど、
なぜか英国仕立ての靴の方が疲れない。
分厚い靴底で重たくて、
しかも最初は固くて靴擦れ激しくて。
ところが履きなれてくると足にピタッとよりそうようで、
長い時間、歩いたり立ち仕事をしていても
まるで疲れないのに驚いて、
それにくらべて華奢なイタリア靴はなんだか物足りず、
結局、英国靴ばかりを穿くようになっていた。






ところがイタリアに行ったときのことです。
場所はフィレンツェ。
イタリアに行ったらイタリア靴を履かなくちゃ‥‥、
といつもは使わぬ靴を持っていって履く。
そしたらこれがいいのです。
イタリアの街は凸凹した石畳の歩道が多くて
そこに、やわらかくてなめらかなイタリア靴の
底がなじんでピタッと地面が足にはりつくように感じる。
なるほど、イタリアの石畳の道を歩くために
イタリア靴はできているんだネ‥‥、
と現地の友人に言ってみた。

確かにそういうこともある。
けれど、ボクらもイギリスの靴の方がいいなぁ‥‥、
と思うコトがある。
一日中、歩いていなくちゃいけないとき。
フィレンツェみたいな小さな街ならいいけれど、
ミラノやローマにいくときには
重たい靴底のしっかりとした靴を履いていく。
そうしないと、つかれるんだよ。
逆にフィレンツェの街を、
重たいイギリス靴を履いて歩いている人をみると、
「この人、どんな遠くからやってきたんだろう」
って思うんだよね。

イタリア靴は長い間は歩けない。
イタリアの人の行動範囲はとても小さい。
だって、たいていの街は小さくできてる。
ちょっと歩くと一回り。
みんなご近所さんで、
そのご近所さんでほとんどすべての生活が
まかなえるという人生が
イタリア的で人間的な人生なのさ‥‥、と。

なるほど。
そういえば、ニューヨークの広告代理店で
かなりごきげんに稼いでたアメリカ人の友人が、
いつも華奢なイタリア靴を素足に履いてて、
だって自分の生活は自分が住んでるコンドミニアムから
東西南北3ブロックで完結してる。
オフィスも近所。
レストランにいくときも、その範囲内で事足りるんだ。
ご近所さんが朝食をとりに集まるレストランに
連れて行ってもらうと、たしかにほとんどの人たちが
上等で、軽くて履き心地のよさそうな
靴を履いてやってくる。
イタリア靴はご近所さんの証なんだ‥‥、って、
ボクの分厚い靴底の英国靴を見ながら
言ったコトをぼんやり思い出す。






神楽坂の近所に住んでいた頃のコトです。
ブラブラを散歩をしていたら、
街のはずれに気になるレストランを一軒みつけた。
隠れ家っぽい小体で
上等なレストランが多く集まるその街に、
溶けこむように地味で控えめな店構え。
にもかかわらず凛とした空気感と、
見事に磨き上げられた清潔でうつくしいさまに
これはおそらくいい店に違いないと思って
それで店名だけを控えて家に一旦戻った。
電話番号を調べて、電話の受け答えがステキだったら
予約をしようと。

明るくステキな受話器の向こうの声にまずは心うばわれ、
丁寧だけれどテキパキとした応対に
ボクは早速、行ってみようと予約をします。
ただ、お店の中の雰囲気がどんな具合か聞いてみたくて、
こう聞きました。

「どんな装いでお伺いするのがいいですか?」って。

「カシミアのカーディガンなどが
 ピッタリとするお店だね‥‥、
 と言っていただけるようにと努力しておりますが」と。
ステキなヒント。
そしてそのヒントが、どういう意味なのかを
確かめたくなってこう聞きました。

くつろいだ雰囲気で上等なものをたのしんで‥‥、
という意味ですか?
それとも、カーディガンでふらっとくることができる、
ご近所の方に贔屓にしていただきたいのです、
という意味なのですか? と。

その両方の答えがYESで、この質問のおかげでしょうか。
はじめてにして、そのレストランの中で
とびきりのテーブルで、
気持ちのよいゴチソウを頂いたうえに、
シェフじきじきのご挨拶まで
せしめることができたのでした。
ちなみにボクの足元には、
華奢でたおやかなイタリア靴がありました。

さて、カシミアのカーディガンが似合う店。
それはどんなレストランで、そこに何を期待し、
どうふるまえばいいのかを来週、一緒に考えましょう。




2013-03-21-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN