旅行をするとき。
特に海外旅行のような
ちょっと長丁場にわたる旅行をするときに、
どんな服を持っていけばいいのか迷うコトがあります。
目的がビジネスに限られるような旅ならばいいのだけれど、
滞在先で何がおこるかわからない。
どんなお店で食事をするんだろう。
どんな人と出会うんだろう。
旅先でのコトに思いをはせると、クロゼットの中の洋服を
一切合切、持って行きたくなってしまう。
けれども召使をともなうような豪華客船の旅でもない限り、
荷物は少なく。
スマートな旅を心がけたく、
それで最小限の服でたのしむ旅を心がけるコトになります。

ボクの場合。
もしもの時のためのジャケット。
シワが入らぬようにスーツケースの中に収めて、
滞在先についたらすぐに取り出して、
お湯をためたバスタブの上で一晩養生。
お行儀の良いレストランに
いかなきゃいけないときであったり、
仕事がらみで人に会わなくちゃいけなくなった時のため。
それを着なくてすんだ旅行は、
100%プライベートの気軽でたのしい旅だった‥‥、と、
そう、シアワセを噛みしめるために必ず一着忍ばせる。

ただ、シワが入らぬように畳んだジャケットは
スーツケースの場所ふさぎ。
帰るときにはスーツケースにそれをしまわず、
着て帰るのです。
パリッとシワも入らぬジャケットを颯爽と羽織って
長距離飛行機にのるステキさ。
キャビンアテンダントも不思議に思うのでしょうネ‥‥。
「ご出張でらっしゃいますか?」
なんて質問を、何度も受けた。
この人は出発地、つまり海外に住んでいる
日本人に違いない‥‥、
って彼らなりの仮説をもとに話しかけてくるのです。
いや、違うんですよ。
これから日本に帰るんです。
不思議が生み出すこういう会話が、
ステキなサービスを引き出すための
キッカケになってくれたりする。
なにより、くたびれたジャケットを着て
帰路につく旅って粋じゃない。
それにジャケットを引っ張りだしたあとの
スーツケースはお土産物をタップリ押し込めるに十分な、
隙間を作ってくれますし。

それから忘れずもっていくのがカーディガン。
そのカーディガンを着ても羽織れる大きめの、
ざっくりとした軽いジャケット。
これらがボクの3点セット。

さらに、白いシャツをタップリと。
それに滞在日数分のネクタイをクルンとまるめて放り込む。
変わったデザインのシャツは着回しがなかなかきかず、
どんな服にも似合う白いシャツを
沢山持っていった方が便利。
ネクタイの色や素材をいろいろ変えて、
首元を装うだけで「あれっ」て思うくらい
効果的にイメージチェンジができるのですネ。
移動用にガッシリとした重たい英国仕立ての靴と、
滞在先の近所を散策するための
軽くて快適なイタリア靴を合わせれば、
無敵のワードローブの出来上がり。






さてカーディガン。
旅先ではとても便利な装いなのです。
セーターだと着たり脱いだりが面倒くさい。
カーディガンなら座ったままでも脱ぎ着ができて、
温度調節が容易にできる。
だからどんな天気になるのかわからぬ旅先で
一枚あるととても重宝。
特にレストランやショッピングモールのような場所では
急に温度が下がったりする。
お客様に快適に過ごしていただこうと
お店のしつらえに工夫をほどこすレストランという空間も、
実は過酷な気象条件を持つ場所だったりもするのです。

すべての人に快適に。
これがまずなによりむつかしい。
場所によって空調の冷気や暖気が直接当たる場所がある。
ある人にとっての適温が、
他の人にとっては適温でなかったりもする。
辛い料理や熱い料理を食べた直後は暑くなる。
お行儀の良いお店では、それでも涼しい顔をして
背中を伸ばして食事をするだけの気力と忍耐を
発揮しなくちゃいけないけれど、
気軽なお店では温度調節をしやすいような装いを
心がけるコトがマナーといえるでしょう。
だからカーディガンのような物がひとつ、
手元にあると心強い。
とは言えカーディガンだけだと風を通して寒くなる。
それで大きめジャケットを、重ね着できるようにする。
ジャケットだけでも街着にもなる。
そういう理由の3点セットというワケです。

ただ‥‥。

もしものためにカーディガンとジャケットの
両方を手にして街を歩く。
遠くからワザワザやってきた
「よそ者っぽさ」をかもしだしてしまう。
レストランに入っても、ワザワザここを訪ねて
やってきたのじゃないか‥‥、
というムードを作るのですね。
見知らぬ街にあって、その街らしさを
こころおきなく堪能しようと思ったら、
その街の人のように装うコトが肝要。
カバンのような大きな荷物はなるべく持たず。
1人ならばニュースペーパーか雑誌を1冊。
2人以上であれば笑顔とたのしい会話の種だけ持って、
カーディガンを羽織ってお店の扉をあける。
ちょうどボクがニューヨークに行くたび訪ねる
朝食のおいしいレストランに、
いつもフラッとやってきていた
プロフェッサーのような姿で。
レストランという環境に溶け込むことも、
たのしいお店をたのしむことの極意のひとつ。






しかもそのカーディガンがカシミアである。
ココに大きな意味がある。
ただの防寒着ではないカーディガン。
上等なサービスを受けるにふさわしい、
上等を知るお客様であるというメッセージ。
普段着に見えて、家で普段に着るにはいささか贅沢。
着替えるまでではないけれど、
お店に対して敬意を示すために
普段着の上にパッと羽織って装い直す。
ある性格のお店においては、
スーツ姿に一歩も引けを取らぬ装いが、
仕立ての良いシャツ+ネクタイ+
カシミアのカーディガンとボクは心から思っています。

それでは、どのような店がカシミアを着て
敬意を表するにふさわしいお店であるのか。
また来週にいたします。




2013-03-28-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN