上等な普段着で使いたくなる、ステキなお店。
目立たぬ場所に目立たぬようにたたずんでいて、
ちょっと贅沢な料理と一緒に、
普段着使いの料理もきちんと揃ってる。
そういうお店の人は「近所のお客様」を
心待ちにしているのです。

お店によって、どんな人に来てもらいたいか。
つまり対象顧客‥‥、経営の専門用語に変えると
なんと冷たく、堅苦しいのでしょうね(笑)。
心待ちにする人のイメージが違うのですネ。
ワザワザやってくる熱狂的なファン。
行列をすることに価値を見出す物見高い人たち。
食事をたのしむコト以外の効果を、
レストランという場所に見出そうとする人たち。
みんなそれぞれ、「とある」レストランの
大切なお客様たちで、けれどそういう人たちに混じって
「おなじみさん」になろうとするのは、
報われ難い努力になっちゃう。

決して遠いところではない。
お隣さんというほど近くにいるわけでもない、
「思い立ったらいける距離」にいる
上等な普段着が似合う生活をしている人たち。
そういう人たちに来てもらって、
贔屓にしてもらえるようになればいいなぁ‥‥、
と思いながら毎日お店で働いている。
そういうお客様はいろんな機会に
お店を使ってくれるのですね。
ひとりでフラッとやってくる。
家族と一緒に週末ディナーをたのしみにくる。
お客様をもてなすために使ってくれたりもしてくれる。
まるで自分の家のゲストダイニングのような使い勝手で、
何度も何度も使いこなしてくれると
お店も多様な実力を
いかんなく発揮することができるのです。






ゲストダイニング。
アメリカの郊外のモデルハウスを見にいくと、
まずビックリするのが
「食事をする場所がたくさん用意されている」
というコトなんですネ。
まずキッチンの前にカウンター。
朝食なんかを食べるときによく使われる。
家族みんなが揃って食事をするのではなく、
起きた順番、出かける順番。
朝の時計はひとりひとりがたいてい違って、
一人で食事をすることが多くなる。
そんなときに一人で食事をしてもさみしくないように。
あるいは料理を作るママやパパと話をしながら簡単に、
けれどたのしくテキパキと食事をすませるためのスペース。
そのキッチンにはカウンターの他に
当然、ダイニングテーブルが置かれてて、
これは家族で揃って食事をするための場所。
大抵オープンキッチンスタイルになっているので、
みんなで料理を作ったり、
あるいはサーブしあって食事ができる。
ファミリーのためのダイニングという感じでしょうか。

それにくわえて、ちょっと大きな家になると
お客様用のダイニングルームを持つコトが一般的で、
リビングルームと連続性をもって作られる食事スペース。
キッチンのある部屋の隣にあるのが普通で、
そこでは家の主人がホスト、
奥さんがシェフ兼給仕係をつとめて、
ホームパーティーのようなモノが催される。
まるで小さなプライベートレストランのような
様相を呈するゲストダイニング。
当然そこで食事をするということは、
上等な普段着を着ておしゃれを装うというコトになる。
つまりそういう、ゲストダイニングのような店。
そこのおなじみさんになるということは、
「お店のひとたちにとっての親密な友人になる」
コトでもあるのです。





かつて住んでいた家から車で5分と少々。
高級な住宅街として知られている街の路地裏に、
小体なイタリア料理のお店がありました。
ワザワザやってくる人もいた。
けれど確実に、あぁ、近所の人たちなんだろうなぁ‥‥、
というお客様がいて、つまりカシミアのカーディガンが
似合うお店でもあったわけです。
アラカルトのメニューが充実していて
特に、パスタのバリエーションが豊かで
フラッと軽い食事をするだけでも
決して嫌な顔をされない気軽なお店でもあったのですネ。

あるとき。
当時、かなりの注目を集めていた作家さんが
「オススメの店」としてその店のコトを紹介した。
絶対取材を受けないというコトを
ポリシーにしていたお店で、
けれど個人の著作に登場することまでもを、
断るわけにはいかなかったというコトで、
そのせいでしょう。
予約せずとも大丈夫だろう‥‥、
と思って行ったらなんと満席。
いつもはのどかなお店のリズムも、ちょっとギクシャク。
マダムがテーブルの間を
まるで飛び回るようにサービスしてる。

「サカキさん、ごめんなさいネ」とマダムにいわれて、
いえ、また来ますからと帰ろうとするボクに向かって、
入り口近くのテーブルのお客様が、
「ちょっと待っていただけたら、
 お席をお譲りいたしますよ」と。
そしてマダムに
「私たちのデザートをおみやげ用に
 包んでいただけないかしら‥‥、
 家に帰っていただきますので」とニッコリ笑う。
それまでご一緒いたしませんこと?
6名がけのテーブルに4人で座ってらっしゃった。
ボクらは2人で、ちょうど大きなテーブルが一杯になる。
聞くと近所にお住まいの方。
お客様が訪ねて来たので、
近所になじみのステキなお店があるんですよ‥‥、と。
それでやってきて、食事が終わって
あとはデザートというときだったというのですネ。
思いがけずも、ホームパーティーに
招かれたような気持ちになって、なんだかほのぼの。

テイクアウト用の箱や容れ物があるわけじゃない。
大きなお皿にデザートを、
キレイな盛り合わせのように飾って
フワッとラップをかけたモノを持ってきて、
「こんなふうにしかできなくて、よろしいかしら?」
と聞くマダムに、
「まるでレストランから出前をとったみたいでステキ」
と立ち上がる。
テーブルの上をキレイに一旦片付けて、
6人がけに2人で座る。
今日はちょっと商品提供に
時間がかかるかもしれないの‥‥、
と、そういうマダムに、
なんならお手伝いをいたしましょうか‥‥、と
連れの友人が腕まくりするような仕草で立ち上がる。
いやいや、そんなコトをしたら
お客さんがみんな帰ってしまうから‥‥、って、
それでワインを一本もらう。
パンをつまみにしばらくぼんやりしていますから、
余裕ができたら注文とりに来てください。
それまで何を食べるか考えてます。






ワインをもらい、スポンと抜いてグビリと飲んでいたらば、
二人組みのお客様がくる。
どうも彼らも馴染みのようで、マダムが頭を下げている。
思い切ってマダムにいいます。
ボクらは相席でもウェルカムですよ‥‥、と。
2人でいるには大きなテーブル。
両端に座ればほどよく
プライバシーも保てましょう‥‥、と。
すると彼らもウェルカムで、
するとマダムがワイングラスを2つ追加でもってきて、
「サカキさんのそのワイン、お店が買わせていただくわ。
 どうぞ4人で召し上がれ」って。
ワインの力は絶大で、たちまち4人はまるで
旧知の友人のようになって
結局、30分ほどをワインとパンでたのしく過ごし、
ワインを一本、割り勘にして追加でたのしむ。

お店のコトをいたわる気持ち。
だって、こんなにステキな店が
自分の近所からなくなってしまうと
さみしくなってしまうから。
だからお店の都合を先に考える。
そういうステキなお客様がなじみにしている店を
ボクもなじみに思う。
なんとステキなコトでしょう。




2013-04-18-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN