時はバブル絶頂期、
「究極の接待」を勉強しようと
師匠の紹介で決めた新宿のお店。
事前の打ち合わせで支配人からの最初の質問は
「お客様をお迎えする
 お車の手配は必要でございましょうか?」
‥‥さて、その続きです。




「ご覧のとおり、当店はわかりにくい場所にございます。
 わかりやすい場所で待ち合わせをされたいのであれば
 ホテルのような場所を、
 ご接待の場所にお選びになるのがよろしい。
 けれどそうした場所でする接待には、
 特別感とかワザワザ感が感じられない。

 お迎えに上がればいいだけのコトでございます。
 都合のいいことに、お店の前の道路は広く、
 車をずっと待たせておくことも可能で、
 もしも必要ならば、お迎えの車で
 お客様をお見送りさせることもできましょう。
 遠足ではございませんけど、お客様をご自宅まで
 送りとどけて差し上げるまでが接待である、
 とお考えになる方もいらっしゃいます。

 そもそも。
 入りにくくしつらえられた入り口をくぐって
 招き入れられるというコト。
 それがおもてなしの最初の儀式。
 ちょうど茶室のにじり口をにじって入るコトで
 もてなしの空間が特別感を持つように、
 接待レストランの入り口は、
 わかりづらく作られることが多いのですよ」

‥‥、と。
聞くこといちいち、そう言われればと
納得させられるコトばかり。

「もてなす側はお使いになる個室の中で
 お待ちになればよろしいでしょう。
 食卓に付くのではなく、ソファに座って。
 お茶でもお飲みになりながら。
 ちょっとくつろいだ雰囲気が、
 緊張されてやってこられるお客様の気持ちを
 ホっとなごやかにする。
 『お待ちしておりました』
 という笑顔ではじまるおもてなしこそ、
 粋なものと存じます」

それにしてもエレベーターを降りたときの
絨毯にはビックリしました。
あれだけ毛足が長くてふかふかしていると、
静電気がたまってしまいそうですね‥‥、って、
緊張をなんとかほぐしてやろうかと
冗談めかして訊いてみた。
答えはまたもや、背筋の伸びるものでした。

「一見豪華に見える大理石のような床。
 あるいは掃除が簡単で、
 磨けば磨くほど艶と風合いを持つ分厚い板の床。
 そういう床は、お客様がやってくると
 その足跡ですぐにわかって、
 サービスをするモノとしてはありがたいんです。
 けれど、ご接待に重宝していただくお店の場合。
 新しいお客様がお店にやってきたということが
 わかりすぎては、
 お食事やご商談にお客様の気持ちが
 集中していただけない。
 入り口部分だけじゃございません。
 他のお客様の気配がせぬよう。
 お部屋の中ではあたかも今日一晩、
 このお店全部を貸し切ったのではないかと
 思っていただけるよう、様々な工夫をしているのです。
 お部屋でお迎えして、お部屋で食前酒を召し上がり、
 お部屋で食事し、お部屋でくつろぐ。
 お手洗いもお部屋の中にあればよいのに‥‥、
 とおっしゃる方もいらっしゃいます。
 けれどお客様がプライバシーがほしくなったとき。
 ちょっとお手洗いへ、という言い訳はとても自然で、
 それで私どもはお手洗いを個室の外に作っております。
 お客様を個室に軟禁してしまうようなご接待は
 息苦しくて、
 決してお勧めできるものではございませんから」

 お出迎えの車の手配。
 その日のおもてなし用のメニューの勉強。
 当店はステーキがメインのメニューでございますので、
 お客様に決めていただくのは
 4種類ほどの肉の中からお好きなモノを選んでいただき、
 食べたい量をうけたまわれば、ご注文は完了します。
 前菜やデザートはお任せいただけば
 その日でもっともおいしいモノを
 たのしんでいただけますが、
 それでよろしゅうございましょうか?

 メニューの種類が多すぎる。
 あるいはメニューの内容が専門的すぎ、
 なにをたのんでいいのかお客様が迷ってしまうような店。
 それがどんなにおいしくて、
 どんなに有名で珍しいモノであっても、
 お客様がたのしく選べないような料理は
 接待料理と呼べないモノなんですよ」




なるほど、と納得した上で、最後の疑問。
お勘定はどうすればよろしいのでしょうか?
と恐る恐る聞いてみると、
その場でお支払いになるのは粋ではございませんでしょう。
その日はお金の授受はなし。
後ほど、請求書を会社までお送りいたしますので、
よしなに‥‥、と。

そして当日。
お客様が迎えの車にピックアップされる時間に、
ボクらはお店でスタンバイ。
まだ携帯電話が一般的ではなかった時代。
ポケベルで、車が今、どこにいるのか
随時、連絡が入るのですね。
お客様が早くつきすぎてあわてることも、
お客様の到着が遅れてイライラすることもなく、
ユッタリくつろぎながら待てるシアワセ。
しかも接待はすでに確かに始まっているという素晴らしさ。

つつがなくお客様はやってきて、つつがなく挨拶をし、
つつがなく食前のシャンパンを飲む。
苦手な食材などはございませんか?
とあらかじめノーティスが入り、
つつがなく食事の準備は進んでいきます。
お飲み物はいかがなさいますか? と、
ワインリストが手元に届く。
そのとき予期せぬコトが起こります。
お客様のひとりがリストを拝見できませんか? と。

そうだった!
彼らの会社の本業はビールメーカー。
当然、ワインの輸入も手広くてがけている会社で、
どのようなワインの品揃えをしているのかというコトに
関心があるのでしょう。
ライバル社のワインが目立つような
リストだったらどうしよう。
事前にチェックしておくんだった‥‥、
と思ったときには後の祭り。
ワインリストを丁寧にみながら、
みるみるうちにニコニコ、笑顔になっていく。
「当社にかかわりのあるワインを、
 手厚く揃えて頂いているようで感謝いたします」
と‥‥、給仕係にいいながら、
今日のお料理にあわせたワインを
お選びいただけるとウレシイですな。
サカキさんも、それでよろしいでしょう?
と言われて、つつがなくワインのテイスティングを終えて
食事がはじまっていく。

すべてが見事で、つつがなくデザートをおえ、
さぁ、どうしましょうかと一瞬、会話がとぎれる。
すかさずお店の人がいいます。

暖炉の前のソファがたまたまあいておりまして、
よろしければそちらで
食後のブランデーなどいかがでらっしゃいましょう‥‥、
と。

このお店の中に実は「たまたま」などは
存在しないと言うことを知ってはいても、
そのさりげなさに感服しました。
結局その後、お見送りのはずの車にみんなで乗って
銀座で遊んだ夜の大人のクラブ活動にでかけ、
その接待は静かに幕をおろすことになる。
いくつかの点で、この接待は成功で、
いくつかの点で、この接待は失敗でした。
さて、来週に続きます。




2013-05-02-THU



ほぼ日刊イトイ新聞 - おいしい店とのつきあい方。
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN