さて、究極の接待が
失敗してしまった理由をそれではご報告。

件のステーキハウスで食事もそろそろクライマックス。
食後のデザートでもいかがでしょうか‥‥、と、
なんと部屋に大きなワゴンが運ばれて、
テーブルであればおそらく
6人がけくらいの大きさはありましたか。
そのワゴンの上にズラリと並んだケーキ、
アイスクリームが50種類ほど。
コーヒーをお願いしますと言えば、
サイフォンでひとつひとつ丁寧に作ってくれる。
それらどれをとっても一流で、言葉を忘れてしまうほど。

まず小さな失敗がこの
「言葉を忘れてしまうほどすばらしいお店」を
選んでしまったというコトでした。
料理が運ばれてくるたび。
音もなく扉が開き、料理がうやうやしくも運ばれて
料理の説明が適切に、
しかもおいしげな言葉を尽くしてなされる見事。

季節のポタージュがやってきたときなんて、
サービススタッフが3人ひと組でやってくる。
一人はお皿を配る係。
その後ろから銀の大きな器を抱いて、
そこからスープを注ぐ係。
最後の一人はクルトンと刻んだパセリを入れたお皿を
銀盆にのせ、パラリとそれをほどこす係。

「結婚披露宴に行って、そこが一流かどうかを見極める
 一番わかり易い方法が、
 何人がかりでスープを提供するかなんだよ」

3人係だったらそこは最高級と、
ボクの師匠がよく言っていた。
なるほどここは最高級と、感心してたら、なんともう一人。
銀のトレーの上にナプキンをのせ、
そこにスープ用のスプーンをおいて、
どうぞとそれを取ることを促す。
取ると手に伝わってくる温かさ。
スープを冷まさぬようにたのしむため、
唇に当たるスプーンをまずあたためて、
おいしい予感を味わってという心配りに
ウットリしたものでありました。

しかもボクらのプライバシーを邪魔せぬようにと、
すぐに彼らは姿を消して必要なとき以外には気配すら消す。
それで会話が進むかというと、
料理のうつくしいさまを愛でてまずはその印象を口にして、
食べて目を閉じしばし沈黙。
そして口をついてでてくるのは、
料理のおいしさという状態。
その場でもっとも饒舌なのは料理であって、
なかなかボクらの会話が先にすすまない。
つまり名実ともに
「言葉を忘れてしまうような時間」の中に
お客様とボクらはいたというコトになる。
とは言え、接待でレストランという場所を使って、
仕事のコトをほとんど忘れ、
おいしい料理を一緒に食べたという思い出をもって
オモテナシとする、ということもある。
だからこれは小さな失敗。




食事を終えて、もしよろしければ場所を移して食後酒でも。
暖炉の前のソファがたまたま今、あいておりますので‥‥、
と支配人に促されます。
このお店において、「たまたま」というコトは
存在しないというコトを、
そのときのボクたちはもうすっかり
気がついてはいたのだけれど、
「たまたまならば、いかがですか?」と酒をすすめる。
するとお客様がこうおっしゃった。

こんなにすばらしい食事を今日はゴチソウになった。
せっかくだから、一軒、
私がいつもお世話になっている店で
酒でもご一緒しませんか?
その提案がタイミングよく、とても自然で、そ
れでボクらは一緒にリムジンにのりこんだ。
いやはや、そのリムジンの大きなコト。
大人4人が向かい合わせに座って足を伸ばして、
互いの足先が触れ合わないほどの広大な空間。
「この車にお二人でお乗りになったのですね」
と何気なくしみじみ言うと、
「贅沢というより、なにかしんみり、
ちょっとさみしくなっちゃいましたネ」とポツリとお客様。

「行きよりも、帰りの方がたのしい車の旅って
 ステキじゃありませんか‥‥、
 ねぇ、運転手さん、銀座に向かってください」と。
そしてボクらは銀座の高級クラブにストンと収まった。

いやいや、お酒の力というのはスゴいものです。
しかも、真っ白なテーブルクロスの上に置かれた
ワイングラスの中を満たしたワインとは違ったお酒。
タンブラーを満たした淡い琥珀色のウィスキー。
タップリの氷で冷やされ、
グラスがまるで汗をかいたようになる。
それに手を伸ばそうとすると、
キレイなホステスさんが膝の上に置いたハンカチで
毎回、丁寧に拭ってくれる。
そしてどうぞと手渡される。
それをグビリと。
飲む度、気持ちがおおらかになり
ソファに座って体もくつろぐ。
本音がユックリ、口から出てきます。




今日のオモテナシはすばらしかった。
料理もサービスも、店のしつらえも極上で、
おそらく一生の思い出になるようなお店に
お連れいただいて本当に感謝いたします。
ただ、残念だったのが、
サカキさんの人柄を感じることができなかったというコト。
サカキさんが本当に、
このお店のやこの料理のことを好きと思って、
わたしたちをあのお店に連れて行ってくれたのかどうか、
どうも今ひとつ伝わってこなかった。
これから仕事を一緒にさせていただくべき人かどうかを、
いまだ、測りかねているのですよ‥‥、と。

キツイ一言でした。
けれど確かに、お店がお客様をもてなすのでなく、
接待する側のボクがお客様をもてなさなくては
本当の接待にはならない、というコトのはず。
お金でもてなすのではなくて、ココロ配りや会話などで、
お客様をもてなさなければいけなかったのに、
ボクはそれを怠った。
これがこの接待の大きな失敗。

とは言え、あのような店を
自分の味方につけることができる技量、
あるいは人間関係を
サカキさんという人がお持ちであるということには、
感服しました。

そうも言われて、ボクのその日の努力と出費が
まるで無駄ではなかったコトが心の救い。
そしてぜひにもうワンチャンス。
ご接待をさせていただけないでしょうか‥‥、
とお願いをして、めでたくたのしきご接待に成功しました。

さて、来週、このお客様を
ボクらしいやり方で接待することに
成功したときのお話をさせていただくコトとしましょう。
その時のコトを思い出すと、
今からワクワクしてしまいます。
また来週。


2013-05-16-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN