すばらしすぎるお店で接待をしてしまって、
サカキさんらしさを感じるコトができなかったと
言われてしまった。
贅沢で立派すぎる服を着て、
馬子にも衣装となればいいけど、
逆に中身のみすぼらしさが目立ってしまった‥‥、
そんな感じの接待をした、そのリベンジ。

ボクには自信がありました。




実は銀座のクラブ活動の二次会で、
カラオケのあるお店に行って調子にのって、
カンツォーネを熱唱してしまったのでありました。
酒も進んだ上での高音域で声を張り上げ、
あやうく目眩を起こしてしまいそうになりつつも、
気持よく一曲歌い終わった瞬間に、
大きな拍手と「ブラーヴォ」という声が飛ぶ。

声楽家を目指していたコトがありました。
小学校の頃は合唱部でボーイソプラノのパートで活躍。
音楽コンクールで、かなりいいところまでガンバって、
変声期をむかえてからは声楽家に師事をして、
相当真剣にプロの道を目指したほど。
作曲家になりたい時期があったり、
同時通訳を目指した時期があったりと、
移り気さんのボクにとっては
一番長続きした夢に向かっての努力でした。
だから今でも歌えます。
イタリア・オペラの男性アリア。
ドイツ・リートにカンツォーネ。
いつか機会があれば、
どこかでみなさんにご披露したいくらいであります。

男の大人の付き合いに、
クラシック音楽とかオペラとかは役に立たない。
野球と演歌、それにゴルフがあれば大抵うまくいくんだと、
父に言われてずっと育って、
だからそうしたボクの部分は
なるべく人に言わぬようにしていたのです。
たのしい夜に思わず素の自分がでてしまったというか、
とにかく気持ちがよかったのです。




おいしいお酒を飲みながら、
とりとめもない話をしているうちに、
お客様の一人が今の会社に
5年ほど前に転職をしたのだと、
身の上話をはじめられた。

大手建設会社の設計部にいたのだそうです。
商業施設の開発業務を取り仕切る部署。
建物づくりが好きで、大学時代は建築学を勉強していた。
この食品メーカーに転職したのは、
全国にちらばる食品工場の跡地を
商業施設に再開発をしようという
一連のプロジェクトを任せるから、
というオファーがあって。

今回、ボクの会社とのご縁をいただいたのも、
そうした仕事の一環だったわけだけど、
開発業務をするとはいえ
それまでずっとしていた設計業務とは
違ったことを得意としなくてはならない転職を、
果たして、してもいいのかどうか。
かなり悩んだ。
どんなに悩んでもしょうがないんで、
長い間の夢だった一人旅をするため仕事を辞めると決めた。

「1ヶ月間、ヨーロッパを旅したんですよ。
 ひとりでぼんやり。
 ヨーロッパを選んだのは、
 いい建物がたくさんあるから。
 夢だったんです。
 スケジュールもなく、ただ気持ちがおもむくままに
 ふらりと風のように旅をするコト。
 イギリスからスタートしてフランス、スペイン、
 アルプスを越えて北欧をぐるっと回って、
 さぁ、あと1週間というときに、
 もう一度、イタリアに戻った。
 イタリア半島の南半分をぼんやり歩いていると、
 あぁ、自分はこういう生活が好きだったんだ。
 のどかでほがらか、明るく、
 たのしく生活をする素朴なひとたち。
 それまでずっと『建物』が好きだったのだけど、
 実は建物というものは、
 たのしい生活やたのしい人生の
 容れ物でしかないんだというコトをしみじみ思って、
 新しいキャリアに向かう
 背中を押してくれたんですよ‥‥」と。

なによりイタリアでは食べるものに苦労しなかった。
何を食べてもおいしくて、
しかも一人で食事をしていると
まわりのテーブルの人たちが気遣ってくれて、
まるで寂しくなかった。
一緒に食事をどうですか‥‥、
とか言ってくれてだから太って帰ってきたほど。
今度の商業施設のテーマを
無理やり南イタリアの田舎町にしてしまって、
社費で視察旅行に行ってやろうかなんて
企んでいるほどなんですよ‥‥、と。

ボクはその日まで「取引先の担当者」を
もてなすつもりで準備をしてた。
けれど、それは間違いなんです。
その人は「仕事をする人」である前に、
「生活をする人」であるはずで、
どんな生活、どんな人生を送っているか。
あるいは今まで送ってきたかを知ることを知らないで、
究極の接待なんてできるはずがない。
ボクはきれいなおねぇさんの作ってくれる、
薄くてお腹にやさしい
ブランデーの水割りを飲みつつ思った。




ところでサカキさんはイタリアはお好きですか?

そのひとことに、ボクは思わず正直に
「イタリアでオペラ歌手になりたかったんです‥‥、
 学生の頃」って答えたのですネ。
それからもう、2人は大いに盛り上がります。
自分は歌が下手だから、
歌手になろうと思ったことはなかったけれど、
一度でいいから劇場というモノを作ってみたかった。
もし劇場をお作りになったら、ぜひ、ステージで
歌わせていただきたいモノですネ‥‥、と。
それで勢い余ってカラオケで
カンツォーネを歌うという行為に至ったわけです。

お酒を飲んで話をし、そして歌って
ボクはこの人のコトをもっと喜ばせてあげたいと
心から思うようになっていました。
しかもボクのオキニイリのあの店にお連れしたら、
多分、たのしんでもらえるだろうなぁ‥‥、と。
聞いてみれば、週末の行動範囲が似ているようで、
ならばお休みの日の午後、くつろいだ装いで
食事をご一緒ねがえませんかとお誘いをする。

相手のコトを知ることからスタートするのが正しい接待。
でもこれって、人を愛することの
原点なんじゃないかと思うんですね。
接待の極意は「愛」。
さて来週は、このときの「愛ある接待」のお話を
させていただくコトにいたしましょう。


2013-05-23-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN