おいしいお酒を飲みながら、
とりとめもない話をしているうちに、
お客様の一人が今の会社に
5年ほど前に転職をしたのだと、
身の上話をはじめられた。
大手建設会社の設計部にいたのだそうです。
商業施設の開発業務を取り仕切る部署。
建物づくりが好きで、大学時代は建築学を勉強していた。
この食品メーカーに転職したのは、
全国にちらばる食品工場の跡地を
商業施設に再開発をしようという
一連のプロジェクトを任せるから、
というオファーがあって。
今回、ボクの会社とのご縁をいただいたのも、
そうした仕事の一環だったわけだけど、
開発業務をするとはいえ
それまでずっとしていた設計業務とは
違ったことを得意としなくてはならない転職を、
果たして、してもいいのかどうか。
かなり悩んだ。
どんなに悩んでもしょうがないんで、
長い間の夢だった一人旅をするため仕事を辞めると決めた。
「1ヶ月間、ヨーロッパを旅したんですよ。
ひとりでぼんやり。
ヨーロッパを選んだのは、
いい建物がたくさんあるから。
夢だったんです。
スケジュールもなく、ただ気持ちがおもむくままに
ふらりと風のように旅をするコト。
イギリスからスタートしてフランス、スペイン、
アルプスを越えて北欧をぐるっと回って、
さぁ、あと1週間というときに、
もう一度、イタリアに戻った。
イタリア半島の南半分をぼんやり歩いていると、
あぁ、自分はこういう生活が好きだったんだ。
のどかでほがらか、明るく、
たのしく生活をする素朴なひとたち。
それまでずっと『建物』が好きだったのだけど、
実は建物というものは、
たのしい生活やたのしい人生の
容れ物でしかないんだというコトをしみじみ思って、
新しいキャリアに向かう
背中を押してくれたんですよ‥‥」と。
なによりイタリアでは食べるものに苦労しなかった。
何を食べてもおいしくて、
しかも一人で食事をしていると
まわりのテーブルの人たちが気遣ってくれて、
まるで寂しくなかった。
一緒に食事をどうですか‥‥、
とか言ってくれてだから太って帰ってきたほど。
今度の商業施設のテーマを
無理やり南イタリアの田舎町にしてしまって、
社費で視察旅行に行ってやろうかなんて
企んでいるほどなんですよ‥‥、と。
ボクはその日まで「取引先の担当者」を
もてなすつもりで準備をしてた。
けれど、それは間違いなんです。
その人は「仕事をする人」である前に、
「生活をする人」であるはずで、
どんな生活、どんな人生を送っているか。
あるいは今まで送ってきたかを知ることを知らないで、
究極の接待なんてできるはずがない。
ボクはきれいなおねぇさんの作ってくれる、
薄くてお腹にやさしい
ブランデーの水割りを飲みつつ思った。
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