お休みの日だからと、ボクの同僚、
それからその日、劇場を作ることを夢見た人の同僚の方は
「遠慮するよ」というコトになり、
結局、2人でご接待のやり直し。
ボクが選んだレストランの近くの本屋さんで待ち合わせ。
音楽関係の書籍が充実している店で、
そこならお互い退屈することはないでしょうと。
どちらも遅れることなく、約束の場所に到着します。

明るいレモン色のシャツ。
ちょっと深めのオリーブ色のジャケットを来たお客様。
南イタリアな感じの装いでらっしゃいますネ‥‥、
とそれを挨拶がわりに早速お店に移動。

お店のドアを開けると同時に
「サカキさん、いらっしゃいませ」。
何度も来たことがある店なのだから、
当たり前のことなのだけれど
「予約をしております、サカキともうします」
からはじまるのでなく、
お店の人から名前を呼ばれて出迎えられる。
馴染みの店でこその安心感。
それがお客様にも伝わるのでしょう。
笑顔になります。

テーブル10卓ほどの程よい大きさのこじんまりした店。
個室なんかなく、どこに座っても
厨房でおいしい料理が作られている気配を感じる、
「おいしい料理でもてなされるため」
にできあがっているレストラン。
ボクが選んだ二度目の接待の場所はそういうお店でした。




実は、飲食店には
「サービスで人を感動させようとする店」と、
「料理で人をよろこばせようとする店」の2種類がある。
当然、どんなによいお店も
「料理とサービス、
 それらが魅力を発揮するための
 舞台としての店のしつらえ」
の3つの要素がよきレベルにて
揃っていなくてはいけないのだけど、
お店によってそのバランスが異なってくるのですね。
一般的に、接待に適しているのは
「サービスでもてなす」お店だと言われます。
理由は、料理に好き嫌いはつきもの。
どんなに高級で、どんなにおいしく作られている料理でも、
それを「嫌い」と言われれば、もうどうしようもない。
けれど、サービスというのは「好き嫌い」ではなく
「良い、悪い」で評価されるモノなのですね。
だから不特定多数の人や、
相手の料理に対する趣味や指向がわからぬ相手を
喜ばせようとしたら
良いサービスのお店を選ぶのが無難なのでしょう。

そうしたお店の特徴は、
決してオープンキッチンではないというコト。
サービスが「料理から独立して、お客様の注意をひく」
ような舞台が用意されている。
その典型的な例が「結婚披露宴」のような場でしょう。
いろんな食べ物の趣味をもった人たちが集まる場所で、
主役になるべきは
「誰もが特別な賓客である」と思えるようなサービス。
だから結婚披露宴の良し悪しを評価する基準は
そこに何人のサービススタッフがいたかというコト。
料理の良し悪しを評価する
唯一無二の指標があるとするならば、
それは「おいしさ」ではなくて、
「何皿テーブルに運ばれてきたか」というコトなのです。
多くの皿数を運んだということは、
それだけ人手をかけてサービスしたという、
客観的なるサービスの良さの現れだったりするからです。

ただ、飲食店において、
本来のサービスは何か? と言えば、それは
「おいしい料理をおいしく食べていただく」ための気配り。
もし、接待をする相手の食べ物の
趣味や嗜好がわかっていれば、
料理とサービスのバランスがとれたお店でする方が良いと、
ボクはこの日を境目に確信するようになりました。

この日のこの店。
オープンキッチンというわけではなかったけれど、
厨房の作業の音や調理途中のおいしい匂いが
客席ホールを満たすお店。
物理的に壁はあるけど、
心理的にはオープンキッチンというお店。
しかもそうしたお店の
厨房の一番近くのテーブルをもらって、
おいしい時間がスタートします。




「おひさしぶりです」と、マダムがメニューをもってくる。
ボクにはちょっと上等だから、
何か言い訳がないとなかなかコレないお店なんです‥‥、と、
マダムが口にした
「おひさしぶり」の言葉の理由をボクは説明。
なるほど、私がいい「言い訳」になったのですネと、
その一言に、その場の空気が一気にやわらぐ。
本日のメニューの説明をしながらマダムが
「詳しいコトは、サカキさんに
 ご説明をお任せしていいかしら‥‥、
 うちの料理のコトを私の次に知ってらっしゃる方だから」
と言って、ニッコリ。
とは言え、結局、今日のおいしい料理を
お腹の具合にあわせてお任せしようと、いうことになる。

そしてシュワッとスプマンテ。
細長いフルート型のシャンパングラスに入って
どうぞとやってくる。

ところで、ジャケットを脱がせていただいても
よろしいですか? とお客様。
実は、今日の気持ちは朝からずっと、
このシャツのような鮮やかなレモン色だったんです。
でももしお行儀の良いお店だったら、
このレモン色は派手じゃないかと思って、
それで、ジャケットを羽織ってきたんです‥‥、と。
そうだ、今日のこのレストランに、
どういう装いで着ていただきたいかを
伝えておけばよかったと、
配慮の無さに恥じ入ると同時に、
なるほど地味で無難なジャケットは
こういう使い方があるんだなぁ‥‥、と。
なんと洒落た人だろう。
この人と、仕事が一緒にできるなんて、ステキなコト。
否応なしに、食事はたのしく盛り上がります。

脂ののったカジキマグロのカルパッチョ。
当時はまだまだ珍しかった、
フレッシュのルッコラをつかったサラダや、
トマトと水牛のチーズのカプレーゼ。
南イタリアでは日常的に食べられている、
特別珍しいモノではないけれど、そんな普通の料理が
日本でとてもおいしいというのがとても珍しく、
お客様はなつかしい、なつかしいと、
イタリア放浪時代の話が尽きずでてくる。
そして結局、話しはオペラのコトになります。
イタリア・オペラ。
何をおいてもプッチーニ。
中でもトゥーランドットは一度は絶対、舞台をみたい。
歌うのであれば、ドニゼッティの小さなアリアは
気持ちが明るく朗らかになる。
ロッシーニはどうにもこうにもむつかしくって‥‥、
というような話に花を咲かせていたら、パスタが来ます。

茄子とトマト、パルミジャーノとバジルのパスタ。
それをシェフが運んで来て
「くれぐれもベッリーニをお忘れなく」
と、ニコッと謎めいた微笑みを残して
厨房の中へと戻ってく。

うーん、どういう意味なんだろう‥‥、
と思ってしばらくパスタを眺める。
なるほど、そうか。
これは「ノルマ風のスパゲティー」。
ベッリーニの代表的なオペラの一作「ノルマ」にちなんで、
その舞台となったシチリア地方の名産品を使って
作ったレシピにノルマの名前をつけた。
ボクらの会話にシェフが料理で参加する。

「こんなステキなレストランをご存知で、
 しかも馴染みにされているという、
 サカキさんはスゴいと思う。
 なにより今日はサカキさんの
 人柄に触れることができてよかった、ありがとう」と。

カジキのカツレツ。
仔牛の煮込みをお腹におさめ、南イタリア的なるお菓子、
カンノーリを最後にたのしい時間がそろそろ終わり。
なるほどこういう接待こそが、互いを知り合い、
互いの今後の仕事をたのしくさせる接待。
そう思いながら、すっかり気持ちがゆるんだのでしょう。
接待に本来あるまじきビッグミステイクを
ボクはしでかす‥‥、
さて、どんな失敗だったのでしょう。
恥ずかしながら、来週、ご披露いたします。



2013-05-30-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN