「おひさしぶりです」と、マダムがメニューをもってくる。
ボクにはちょっと上等だから、
何か言い訳がないとなかなかコレないお店なんです‥‥、と、
マダムが口にした
「おひさしぶり」の言葉の理由をボクは説明。
なるほど、私がいい「言い訳」になったのですネと、
その一言に、その場の空気が一気にやわらぐ。
本日のメニューの説明をしながらマダムが
「詳しいコトは、サカキさんに
ご説明をお任せしていいかしら‥‥、
うちの料理のコトを私の次に知ってらっしゃる方だから」
と言って、ニッコリ。
とは言え、結局、今日のおいしい料理を
お腹の具合にあわせてお任せしようと、いうことになる。
そしてシュワッとスプマンテ。
細長いフルート型のシャンパングラスに入って
どうぞとやってくる。
ところで、ジャケットを脱がせていただいても
よろしいですか? とお客様。
実は、今日の気持ちは朝からずっと、
このシャツのような鮮やかなレモン色だったんです。
でももしお行儀の良いお店だったら、
このレモン色は派手じゃないかと思って、
それで、ジャケットを羽織ってきたんです‥‥、と。
そうだ、今日のこのレストランに、
どういう装いで着ていただきたいかを
伝えておけばよかったと、
配慮の無さに恥じ入ると同時に、
なるほど地味で無難なジャケットは
こういう使い方があるんだなぁ‥‥、と。
なんと洒落た人だろう。
この人と、仕事が一緒にできるなんて、ステキなコト。
否応なしに、食事はたのしく盛り上がります。
脂ののったカジキマグロのカルパッチョ。
当時はまだまだ珍しかった、
フレッシュのルッコラをつかったサラダや、
トマトと水牛のチーズのカプレーゼ。
南イタリアでは日常的に食べられている、
特別珍しいモノではないけれど、そんな普通の料理が
日本でとてもおいしいというのがとても珍しく、
お客様はなつかしい、なつかしいと、
イタリア放浪時代の話が尽きずでてくる。
そして結局、話しはオペラのコトになります。
イタリア・オペラ。
何をおいてもプッチーニ。
中でもトゥーランドットは一度は絶対、舞台をみたい。
歌うのであれば、ドニゼッティの小さなアリアは
気持ちが明るく朗らかになる。
ロッシーニはどうにもこうにもむつかしくって‥‥、
というような話に花を咲かせていたら、パスタが来ます。
茄子とトマト、パルミジャーノとバジルのパスタ。
それをシェフが運んで来て
「くれぐれもベッリーニをお忘れなく」
と、ニコッと謎めいた微笑みを残して
厨房の中へと戻ってく。
うーん、どういう意味なんだろう‥‥、
と思ってしばらくパスタを眺める。
なるほど、そうか。
これは「ノルマ風のスパゲティー」。
ベッリーニの代表的なオペラの一作「ノルマ」にちなんで、
その舞台となったシチリア地方の名産品を使って
作ったレシピにノルマの名前をつけた。
ボクらの会話にシェフが料理で参加する。
「こんなステキなレストランをご存知で、
しかも馴染みにされているという、
サカキさんはスゴいと思う。
なにより今日はサカキさんの
人柄に触れることができてよかった、ありがとう」と。
カジキのカツレツ。
仔牛の煮込みをお腹におさめ、南イタリア的なるお菓子、
カンノーリを最後にたのしい時間がそろそろ終わり。
なるほどこういう接待こそが、互いを知り合い、
互いの今後の仕事をたのしくさせる接待。
そう思いながら、すっかり気持ちがゆるんだのでしょう。
接待に本来あるまじきビッグミステイクを
ボクはしでかす‥‥、
さて、どんな失敗だったのでしょう。
恥ずかしながら、来週、ご披露いたします。
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