とても気持ちよく食事をたのしみ、会話をたのしみ、
すばらしい接待になるだろうなと思ったその土壇場で、
起こしてしまった大失態。
それがどんなものだったかをお話する前にまず、
「正しい接待とは一体どういうモノをいうか」
をキチンと整理をしてみましょう。



接待は、もてなす側ともてなされる側の
阿吽(あ・うん)の呼吸で出来上がるもの。
その双方に心構えが必要で、そこで以下、
奇数はもてなす側、
偶数は招かれる側と交互に説明しようと思います。




もてなす側がお誘いする。
これが鉄則。
もてなされる側が「接待して」とおねだりするのは、
なにやらドロドロとした
いやらしい大人のワガママを感じます。
立場を利用した利益強要とでもいいますか。
もっと単刀直入に言えば、「たかり」ともいう(笑)。
決してそうはならないように。
それから「なにをお召し上がりになりたいですか?」と、
ゲストになる人に直接聞くのは愚の骨頂。
「お連れしたいところがあるんですが、
 お付き合いいただけませんか?」
とさりげなく、しかしながら確固たる自信をもって
意思を伝える。
その自信が相手に伝わって、はじめて
「接待という儀式」が
ただしくはじまっていくというコトなのです。




一方、接待において礼儀正しきゲストというモノ。
いかに「自分の欲望を満たすか」というコトに
専念しなくてはならないのです。
食べたいモノを食べたいという。
飲みたいモノは飲みたいという。
そろそろ帰りたいと思えばそう言えばよく、
まだまだお前の接待には満足してはいないぞと思えば、
別の場所で飲み直したいと言えばよい。
どのようにオモテナシしたら喜んでくれるか。
本当に今、たのしんでいらっしゃるのかどうかわからない。
そんなゲストは、ホストにとって厄介なモノ。
良き接待は「ゲストとホストの助け合い」にてできるモノ。
ゲストの役目は、欲望あらわに、正直に。
ただその「自分の欲望」の中に、
これからの仕事を円滑にすすめるために、
自分がステキな人間だと思ってほしいという
欲望があったとすれば、
当然、無遠慮になってしまうと損をする。
ちなみに、ゲストがおこなう無遠慮な所業の代表が
「この接待って、一体いくらかかったのか?」
とあけすけに聞くというコトでありましょう。
遠慮は無粋。
無遠慮は無礼。
この違いをわきまえられるようになって、
はじめて大人といえるかも。




ゲストをよろこばせることコトが、ご接待の最終目的。
つまり、ゲストがしたいコトを
実現して差し上げることがホストの仕事。
すばらしいホストは、
「ゲストが気づいていなかった、
 けれどずっとしてみたかったコトを気づかせてあげる」
ことができる人。
もてなす側の提案力がすばらしい接待には必要になる。
そして、ゲストが心置きなく贅沢な料理をたのめるように、
きっぷの良いホストであるというコトを、
ときにゲストに伝える心配りも必要で、
もしお客様がどのくらいの値段の料理をたのもうか、
とちょっと迷ったといたしませんか。
すかさず、ワインリストを手にして
実は、飲んでいただきたいワインがあるんです。
少々値段もはるのですけど、
このワインに合わせたお料理を
お選びいただければ幸いです‥‥、
と、さりげなくワインリストを手渡し
ワインの名前を告げる。
なるほど、今日はこのワインが
ひとつの目安の接待と考えているんだってコトが
それで予想がついたりします。
「今日のお料理がおいしくてよかった」のではない。
「今日のこのお料理を気に入っていただけてよかった」と、
そう接待の最後に心から思うコトができれば吉‥‥、
というコトでしょう。



良きホストは、ゲストに決定をうながせる人。
そして、良いゲストはホストの誘いに
即座に決定を下せる人。
お店の人のサービスも、テーブルの上の会話もすべて、
ゲストである自分を中心に回ってる。
それが接待という場の現実。
昔、接待レストランとして有名な店の女将に
お話を聞く機会がありました。
女将いわく。
「ご接待をお受けになってらっしゃる方の
 様子を拝見していると、
 その方の仕事ぶりがわかるような気が致します。
 部下の提案に優柔不断を決め込むお方。
 あぁ、この方の仕事の部下のみなさんは、
 多分、苦労をなさるんだろう。
 ワタクシどものサービスに、いちいち恐縮される方。
 自信がなくてらっしゃるのかしら? と、心配になる。
 接待の場でのふるまいが、
 実はその人の部下に対する接し方とか、
 仕事の仕方を知る手がかりになるんじゃないかと
 思うんですよ‥‥」と。
これも接待という出来事の一つの効能‥‥、
と思ったりする出来事でした。



この接待にいくら出費をしたのかということ。
それは秘密にすべきこと。
お店によっては、ゲスト用のメニューに
値段をいれぬモノを用意したりするほどで、
例えば料亭などという場所は、
メニューもなければおしながきがあったとしても、
そこには値段はかかれぬモノ。
浮世のコトを忘れて
どうぞ、贅沢な時間をお過ごしください。
それが接待というものですから。
当然、お金を支払うところをゲストにみせることなかれ。
接待に使われ慣れたお店は、
レジのような「お勘定」を連想させる場所すら
置かれていないところがあるほどで、
食事を終えたら「あとはよろしくお願いします」と
お辞儀をすれば後日、請求書が送られてくる。
これが昔ながらの接待レストランの流儀のひとつ。
クレジットカードなんてお受けいたしておりません‥‥、
なんて、昔気質のお店で接待をしたときなんて、
前日にお金をあずけて後日精算。
そんなことまでして
「お金のやり取りをゲストに意識させぬ」
配慮をしたものでした。




一方、ゲストはそういうホストの影の努力を尊重すること。
お店の人が気が付かず、
請求書をテーブルにもし持ってきたら、
「お手洗いはどちらですか?」と席をたつ。
ゲストはそういう配慮をすべきモノなのですね。
そういう共同作業が見事にかみあったとき、
テーブルの上はすばらしい
「仕事の社交場」になるのでしょうネ。





にもかかわらず、
その日のボクはあまりに食事がたのしくて、
思わずお店の人に向かって
宙に文字を書くような仕草をしました。
お勘定をしたいので、伝票を持ってきてくれませんか?
という合図。
お店の人はサッと一枚の紙をボクの前に置く。
そのとき初めて、ボクは思った。
「あぁ、失敗だ」。

さて、来週に続きます。



2013-06-06-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN