ほとんど何も考えるコトなく、
とても自然に宙に文字をグルンと書いた。
ゲストが座るテーブルに、お勘定書きを持って来いとは、
ご接待にあるまじき蛮行。
けれどそれも気づかず、お店の人もあまりにボクが堂々と、
そんなコトをいうものだから、事前に今日は
「ご接待で伺いますから」といっていたにもかかわらず、
まるで自然にサッとお勘定書きがやってきた。
それぼどボクたちは、
お客様ともてなす側という関係ではなく見えたのでしょう。

のちにマダムいわく。
お二人はまるで歳の離れた友人同士のようにみえて、
だから私たちもウッカリ、
お勘定書きを持っていったしまったのよネ‥‥、と。

しかも、そんな異常事態にあってもなお、
ボクはその異常事態に気づかず
そのままクレジットカードを渡してしまう。
お待たせしましたと、
クレジットカードの伝票がやってきて、
金額を確かめサインをしようと
胸ポケットにペンを探しているところ。
マダムがいいます。
「サカキさん、領収書はどうなさいます?」って。

そのときボクははじめて気づいた。
馴染みの店で、領収書を下さいな‥‥、
っていうときはビジネスがらみ。
お店の人から領収書はどうなさいます?
って聞かれるってコトは、
ビジネスがらみかどうか迷ったときのコト。
あぁ、失敗だ。
これは接待。
だから絶対、ゲストの前で
お金のやり取りをしちゃいけない。
そう気づいたときにはもう手遅れで、
気まずくボクは、ゲストの顔をうかがいみます。

そのときの、お客様の対応が見事なモノでありました。





「もし、失礼でなければ、今日のディナー、
 どのくらいだったのか、
 お教えいただくコトはできますか?」と。

ステキなお店で、料理もおいしく、
ぜひ、近々伺いたいと思っているのですけれど、
いくらぐらいの心づもりをすればいいか、
聞いておきたくお尋ねします‥‥、
と、続けてボクに聞くのです。

ボクはクレジットカードの伝票を、そっと彼に手渡す。
2人で3万円ちょっと手前の数字が
そこには書かれていました。

「今日は本当に、おごちそうさまでした」
と、ボクに頭を下げるお客様。
「前から飲みたくてしょうがなかった、
 ちょっと贅沢なワインを思い切って抜いたので、
 ちょっと値段がはってしまいました」
と、ボクは言い訳。
不思議なモノで、身の程過ぎた出費で
接待をしたと思われたくない気持ちを
そのとき感じたのです。
その様子を見て、マダムがボクらの
テーブルのオーダー伝票を手にしてやってくる。
伝票には、その夜たのんだ料理の名前が
丁寧にかきこまれ、そればかりでなく、
ボクのカジキのローストは
皮をパリパリに焼き上げるようにとか、
あるいはノルマのパスタはちょっと辛めに仕上げるだとか、
細かく調理手順が付け加えられてた。
ひとつひとつの料理に値段がかきこまれ、
確かにたのんだメルローが
その日の出費の半分近くをしめていた。

この値段であのお料理がいただけるなんて。
これはサカキさん用の
スペシャルディスカウントプラスじゃないですよネ‥‥、
って彼は聞いて笑った。
そしてズボンのポケットから名刺を一枚。
マダムに渡し、
「サカキさんと一緒に仕事をさせていただいている、
 タカギともうします」と挨拶をする。
そういえば、お客様の名前のコトを言わずの接待。
反省します。
そして続けて、
「来月の一番最初の週末に、
 妻と一緒に来ようと思うのですけれど、
 その日はお席をいただけますか?」と。
ボクはマダムから会社名前の領収書をもらい、
タカギさんはオーダー伝票を今日の記念にともらって帰る。
ホストとゲストの一体感とでもいいますか。
ボクにとっての「オキニイリ」を分け合う接待。
それがおそらく「本当の究極の接待」なのだろうと
今でもボクは思っています。




考えてみれば「接待」とひとくくりにされる
さまざまな会食も、
大きく二種類に分けることができるのだろうと思います。
お見合いのようなご接待。
デートのような接待。
そんな2種類。

ボクが一番最初に気合を入れて準備した、
「いわゆる究極の接待」はあくまでお見合い。
互いを知り合うきっかけとしての会食で、
その接待がどんなにたのしく、どんなに見事といわれても、
それで互いを本当に知り合えるのかというと
決してそんなコトはない。
お見合いを一度したきりで、
それで即結婚とはならないように、
お見合いのような接待をしたっきりで、
そののちの仕事がたのしく順調に進むものとは
誰も思わない。
なのに、いつまでたっても
お見合いばかりしている人たちがいる。
モッタイナイなぁ‥‥、と思います。

お見合いのような接待できっかけを作ったら、
次にはデートのような接待。
互いがココロを開きあい、
打ち解けあって仕事に対する夢や気持ちを共有するような、
そんなたのしい時間をすごす。
お見合が、当事者双方の努力ではなくお仲人さんの段取り、
気配りによって成功の可否が決まってくるように、
お見合いのような接待は、
お店の人の力をいかに借りるかが、その成功の条件となる。
けれどデートのような接待では、
互いのコトを理解してたのしい会話と
おいしい料理が成功への道。

デートのような接待のコトを、ボクはずっと
「ビジネスデート」とよんでいて、
ビジネスデートを成功させるための手順やあるいは店選び。
試行錯誤をしながらある法則を手に入れた。
次回から、「ビジネスお見合い」と
「ビジネスデート」のコトを
あれこれ話してみようと思います。

そういえば‥‥。
もしかしたら、接待上手はデート上手かもしれないと、
そんなコトを思います。
さて、来週に続きます。



2013-06-13-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN