その車の中に、
誰か強力な雨男が乗っていたのでありましょうか?
雨がポツリポツリと降ってくるではないの。
最初は霧雨。
それが徐々に勢い増して、
ワイパーをフルスロットルで動かさないといけないほどの
本格的な雨になってしまったのです。
それまでボクは散々、お店の庭の話を彼らにしてた。
庭園の中を散策しながら
お店に入っていただきますから‥‥、
だからグリーンであまりはしゃぎすぎないでくださいネ
とかって、嫌味まじりにお店のコトを
勝手に自慢していたワケです。
車のトランクに傘が数本入っております。
それをお使いくださいな‥‥、と、
気の毒がって運転手さんが言ってくれる。
けれど、気持ちはグングン下がって行くのです。
車の中にまでジメジメ、雨が降ってくるような重苦しさ。
携帯電話がまだ普及する前のコトです。
今ならば、車の中からお店に電話をかけて、
どうすればいいか相談することもできようものを、
当時はそんな飛び道具もなし。
ボクの上司がポツリと言います。
「本降りだなぁ‥‥、雨の中を歩くんだよなぁ」と。
駐車場から軽い勾配の小道を5分ほども歩かないと
入り口まではたどり着かないしつらえの店。
グリーンの上なら少々の雨も
気にはならないおじさんたちも、
さすがにこの雨の中を歩かされるのは
気持ちいいものじゃないだろうなぁ。
はじめていくレストランでは、第一印象が良いかどうかが、
満足を占うとても大きな要素で、
だから、今日は残念な日になるかもしれない。
この車で向かっているボクらにとっても、
お店にとっても残念な日。
モッタイナイなぁ‥‥、とボクは思った。
ただ、あの店のコト。
この雨空に魔法をかけてくれるかも‥‥、
とボクは淡い期待をもって
「大丈夫ですよ、この雨もいい思い出にしてくれる
素晴らしいお店ですから。もう暫くで到着です」と。
そしてまもなく到着するというときにひときわ、
ザザッと雨が強くなり、雨にけむる駐車場がみえてくる。
そのとき、ボクは我が目を疑いました。
駐車場の一番の奥。
店のアプローチとなる、
庭園の入り口の手前に大きなテント。
それもモロッコ風のエキゾチックな
天蓋の形を真似た真っ白なテントがしつらえられて、
駐車場に入ってくる僕たちが乗る車に向かって、
深々とお辞儀をする人。
車が近づいてくると、そのテントから
真っ赤な雨合羽をきた案内係がとびだしてきて、
テントの前に車をいざなう。
黒いボータイをしめた長身の執事風の白髪紳士。
その両側には和服をキリッと着こなした
サービス係の女性がふたり。
手には和傘を何本ももち、
ニッコリしながらボクらをむかえる。
雨の日限定の夢の入り口が、
まるで奇跡のごとくそこにできていたのでありました。
続きは来週といたしましょう。
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