飲食店を経営する人にこういう質問をすることがあります。

あなたのお店の状態を、完全に把握するため、
あなたがいるべき場所を一カ所選ぶとしたら、どこですか?
と。

多くの人がこう答えます。

「お客様をでむかえ、お見送りするコトができる
 エントランス」と。

たしかに飲食店において、
お店にはいった第一印象はとても大切。
いらっしゃいませと笑顔ででむかえられると、
おいしい期待がふくらんでいく。
初対面の悪い印象を払拭するには、
かなりの努力をしなくちゃいけない。
人間関係の基本はそのまま、
お店とお客様の関係にも通用すること。

そればかりでなく、おこしになったお客様が、
どんな表情で何を期待されていらっしゃるのか。
どのテーブルにご案内し、
どんなサービスをしてさしあげればいいのかという、
おもてなしのヒントをいただくコトができる場所でもある。
ウェイティングシートでお待ちになっている
お客様の様子をみれば、お店の混雑具合がわかる。
お帰りになるお客様の表情が、
店のそのときどきの状態を教えてくれる。
お客様の目線でお店の状態を把握するのに
たしかに入り口、あるいは出口はよいポジション。
けれどそこは三番目に重要な場所。
決してベストの場所ではないんですよ。





ならばと、こう答える人もいます。

「厨房から料理がでてきて、
 客席に運ばれるための準備をする場所、デシャップです」
と。

すばらしい飲食店とは、
「料理とサービスのバランスの良さ」で出来上がる。
そう言われます。
厨房の力が強いと料理は次々でてくるけれど、
それをテーブルに運ぶサービスが追い付かない。
デシャップ(Dish Up)と呼ばれるカウンターの上に
ずっと料理が置かれ、どんどん味が劣化していく。
せっかくの料理が
おいしい状態で出せないようではあまりに哀しい。

一方、サービスばかりに力を入れて、
厨房の中のスタッフの数やレベルがそれに見合っていない。
そんなお店では料理がなかなか出てこなかったり、
出てきた料理が粗末にみえる。

しかもこの場所‥‥、
お店で働くほとんどすべての人が集まり、
再び自分が仕事する場所に戻っていく
車輪で言えば「ハブ」のような役割の場所。
お客様にご迷惑をかけぬよう。
お店で働く人が正しい状態で、
たのしく働けるようにコントロールするには
一番いい場所でもある。
けれどここは二番目に重要な場所。
ここも決してベストの場所ではないんですよ。




食器を洗う「洗い場」こそが、
あなたがいるべき場所なんです。

レストランにとっての食器は、戦争で言えば「銃の玉」。
どんなに兵士を揃えて武器をもたせ、
訓練をして良い戦略を立てたとしても、
銃にこめる玉がなくては戦えない。
それと同じく、どんなに従業員をたくさん揃えて教育し
おいしい料理を作っても、
それを盛り付ける食器がなければ
お客様をもてなすことはできないのです。
長期戦では玉の補充が勝ち負けを決する
重要なコトといわれる。
レストランでも、食器がいかに補充されるかが、
どれだけ多くのお客様をもてなすコトが
できるかというコトにもつながる。

だから洗い場はレストランの厨房の中で、すべてを見渡せ、
どんなポジションからも近いところに作られる。
当然、お皿が下げやすいよう
客席からも便利な場所に作られている。
つまり、お店の真ん中にあるべき場所が洗い場。
そこに入れば厨房の中の様子も、客席の気配も
すべて身近に感じるコトができる場所なのです。

客席がにぎやかなのに、食器がなかなか戻ってこない。
料理がでていくスピードが遅いのか?
あるいは、食器を下げるサービススタッフが
思い通りに動いていないのか。
下がってきた食器が洗う必要もないほど
キレイな状態だった。
あぁ、今日の料理は抜群で、
お客様も気に入っていただいたんだなぁとホっとする。
料理が沢山戻ってきたら、料理の状態が良くないのか、
それとも料理のボリュームが多いと思うお客様が
多くきていらっしゃるのか?
と、客席を直接見ずともその雰囲気や状況を
感じ取ることができるよい場所。





飲食業とは食器を洗う産業である。
ボクはずっとそう思っている。
だから食器を洗うことを放棄してしまった
ファストフードは、どんなに雰囲気が良かろうが、
どんなに笑顔がうつくしかろうが、飲食店ではなくて
「サービス付きの小売業だ」とも思うのです。

お客様のみえぬところで同じ作業をくりかえす。
毎日、毎日。
同じ仕事を繰り返すことを退屈だとは思わぬ気持ちで、
飲食店はできている。

日本の飲食業が本格的に産業化をして50年。
ボクがその飲食業にかかわるようになってすでに30年。
ボクがここで「おいしい店とのつきあい方。」を
書かせていただくようになってから10年。
飲食店をとりまく環境は大きく変わった。
最初に書きはじめた頃の、お店とのお付き合いの仕方が
通用しないようなシチュエーションに出会うコトが
多くなって来たほど、日本の飲食業は変わってしまった。

けれど、飲食店の大切な部分。
例えば「飲食店においてもっとも大切な場所は洗い場で、
もっとも大切なことは毎日同じコトを退屈と思わず
くりかえすコトである」というような、
大切なところはまるで変わっていない。

ということは、おいしいお店とのつきあい方も、
根本的なところは変わっていないはず。
連載をスタートした頃からずっと読み返してみて
たしかにそうだと思うと同時に、
変えなきゃいけないところも沢山あるんだなぁ‥‥、
とも思いました。
そこで再び、飲食店の舞台裏から
その楽しみ方を考えなおしてみようと思い、
新たなシリーズスタートします。
しばらくよろしくお付き合いのほどお願いします。


2013-10-03-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN