熱しやすく冷めやすい。
ボクを含めて「サカキの血」の中には、
そういうDNAがかなりの高濃度で含まれている。
母、曰く。
飽きっぽいんじゃなくて、次々、
好奇心をくすぐるモノを発見する能力を持っていると
考えればいいんじゃないの‥‥、と。
さすが何事にも前向きな女性であります。

そんな母が、健康のため水泳をはじめた。
10年ほども前のコトです。
父を含めて家族みんな、
長続きしないだろうと思っていました。
もともと運動は得意な人ではなかった。
プールの水は髪やお肌に悪いからというコトを言い訳に、
子供の頃からほとんどプールに入ることもなく、
はじめたころにはほとんど泳げぬ人でもあった。
どうせすぐに言い訳をして、やめてしまうだろうと
父はふみ、もし、25メートル泳げるようになったら
好きなモノを買ってやるよと、軽い約束をしたのでした。

それから半年ほどもしましたか。
寒い冬のある日のこと。
母から連絡があって、
とうとうお父さんから
ゴホウビをせしめることに成功したの。
自慢したいから、お茶に付き合ってくださらない‥‥、
と、指定のお店は人気のカフェ。
日和のよい季節にはオープンエアのテラス席が人気の店で、
ランチ時にもなると混雑するから早めの待ち合わせをと、
開店時間をちょっと過ぎた時間に待ち合わせ。

そして当日。
その日も寒い冬の日で、
母を表で待たせるようなコトのないようにと
ほぼ開店時間と同時に向かう。
ところがなんと。
母がもういる。
入口近くのテラスの席に座ってボクを待っている。


「早いね、待った?」と言いながら、
お店の中に入ろうと促すボクに、
母は一向に立ち上がろうとせず、ニッコリしながら、
「今日はココでお茶をしたいの」と。
ココは寒いよ。
ランチ客で混む前だったら、
中でお茶だけ飲むことだってできるのに‥‥、
というボクを制して彼女。
ユックリそこで立ち上がり、
キャットウォークの一番端で
ファッションモデルがクルンとするように、
ターンしながらそっとコートを揺すって見せる。

なるほど。
母が父からせしめたゴホウビは
毛皮のコートだったワケです。
それにしても上等なモノ。
親父も気風のイイトコを見せたよなぁ‥‥、と感心したら、
最初はこんな贅沢なものはと愚図っていたの。
ならば、バタフライで25メートル泳げるようになったら、
四の五の言わずにお買いなさい‥‥、
と啖呵を切ってがんばったのよ。
お陰で胸が分厚くなったわ。
今度の夏は見てらっしゃい。
日本で一番Tシャツの似合う
還暦レディーになってみせるからと、
笑いながら2人でカフェオレ選んでたのむ。

しばらくコートを脱ぎたくないのよ‥‥、うれしくってネ。
だからテラスでずっとコートを着たまま
お茶ができるお店を選んだの。
ごめんなさいネ‥‥、寒くない?
毛皮のコートを着た女性をエスコートする機会なんて
滅多にないこと。
これもジェントルマンになる訓練だと思います‥‥、
と、そういうボクに「あら、うれしい」。
「このジェントルマンにクロックムッシュと
 ブランケットをお持ちして」とギャルソンにいう。
熱々だったカフェオレが、
湯気をすっかりなくしてしまう頃にはお店は満席。
それでも続々、お客様がやってくる。

話は尽きず、名残惜しいけど
そろそろおいとましましょうか‥‥、
と話をしてたらお店の人がカップを2つ、
手にしてテーブルにやってくる。
「もしよろしければお店からおかわりをお持ちしました。
 お時間のゆるすかぎりユックリなさってくださいネ」と。

みるとボクたちにつられてでしょうか‥‥、
いつもはほとんど人の座ることのない冬のテラス席が
ほとんど一杯。
おしゃれなコートを着た人が、
あえてわざわざテラス席を選んだりして、
このカフェの前だけ冬の景色の中で華やか。
「あら、ワタシたち、ここのお店の宣伝を
 してあげたみたいになっちゃったわね」
と、母も自分の毛皮効果にビックリするほど。


 

つまり「冬の日におしゃれして座る
カフェのテラスのテーブル」は、
何時間でも長居してよいテーブル。
お店とお客様とは持ちつ持たれつというコトなんですね。

ちなみにお店の人にとって実は一番やっかいな人は
「長居するお客様」ではなく
「いつ席を立つのかわからぬお客様」。
例えば、あのお客様はそろそろ席を立つんだろうなぁ‥‥、
とそう判断したお店の人は、片付けをする準備をしたり、
待っているお客様に
そろそろお席が用意できると思いますと、
次のアクションをおこします。

テーブルの上に置いた手帳をカバンにおさめ、
上着を羽織る。
それはそろそろ帰りますというサインのはずが、
それからずっとしばらくぼんやりスマフォで
ネットの中をうろつく。
お店の人はこまります。
粋なお客様じゃないってコトになっちゃうワケです。

この人は、あとどのくらいココに座っているのだろうか?
そのヒントをさりげなく。
帰る準備をはじめたら、
立つ鳥跡を濁さずモード発令をして、
テキパキ席をたちましょう。
さあ、次回。
飲食店における「宣伝」って一体何?
それって食べることができるの? って話をしましょう。
また来週。



2014-01-16-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN