「早いね、待った?」と言いながら、
お店の中に入ろうと促すボクに、
母は一向に立ち上がろうとせず、ニッコリしながら、
「今日はココでお茶をしたいの」と。
ココは寒いよ。
ランチ客で混む前だったら、
中でお茶だけ飲むことだってできるのに‥‥、
というボクを制して彼女。
ユックリそこで立ち上がり、
キャットウォークの一番端で
ファッションモデルがクルンとするように、
ターンしながらそっとコートを揺すって見せる。
なるほど。
母が父からせしめたゴホウビは
毛皮のコートだったワケです。
それにしても上等なモノ。
親父も気風のイイトコを見せたよなぁ‥‥、と感心したら、
最初はこんな贅沢なものはと愚図っていたの。
ならば、バタフライで25メートル泳げるようになったら、
四の五の言わずにお買いなさい‥‥、
と啖呵を切ってがんばったのよ。
お陰で胸が分厚くなったわ。
今度の夏は見てらっしゃい。
日本で一番Tシャツの似合う
還暦レディーになってみせるからと、
笑いながら2人でカフェオレ選んでたのむ。
しばらくコートを脱ぎたくないのよ‥‥、うれしくってネ。
だからテラスでずっとコートを着たまま
お茶ができるお店を選んだの。
ごめんなさいネ‥‥、寒くない?
毛皮のコートを着た女性をエスコートする機会なんて
滅多にないこと。
これもジェントルマンになる訓練だと思います‥‥、
と、そういうボクに「あら、うれしい」。
「このジェントルマンにクロックムッシュと
ブランケットをお持ちして」とギャルソンにいう。
熱々だったカフェオレが、
湯気をすっかりなくしてしまう頃にはお店は満席。
それでも続々、お客様がやってくる。
話は尽きず、名残惜しいけど
そろそろおいとましましょうか‥‥、
と話をしてたらお店の人がカップを2つ、
手にしてテーブルにやってくる。
「もしよろしければお店からおかわりをお持ちしました。
お時間のゆるすかぎりユックリなさってくださいネ」と。
みるとボクたちにつられてでしょうか‥‥、
いつもはほとんど人の座ることのない冬のテラス席が
ほとんど一杯。
おしゃれなコートを着た人が、
あえてわざわざテラス席を選んだりして、
このカフェの前だけ冬の景色の中で華やか。
「あら、ワタシたち、ここのお店の宣伝を
してあげたみたいになっちゃったわね」
と、母も自分の毛皮効果にビックリするほど。
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