コース料理の宴が一旦スタートすると、
優に映画1本分の時間がかかる。

短いもので1時間半。
普通は2時間前後で、大作になると2時間超えとか、
あるいは前編後編に分かれたものとかあるけれど、
基本的に2時間前後。
もしかしたらトイレに立つコトなく、
生理的に我慢できる時間がだいたいそのくらい‥‥、
ってコトなのかもしれないなんて思うほど、
映画とコースをたのしむ時間の感覚はよく似てる。

ただ2つの点で映画をたのしむというコトと、
食事をたのしむというコトは大きく異なる。
映画は一人でもたのしめるけれど、
コース料理をたのしむことは
何人かでテーブルを囲んで
ともに同じ時間を過ごすという点。
それがまずは違いのひとつ。

もうひとつは、映画が一旦スタートしたら、
ずっと途切れず続くモノ。
観ている側はそれを受け身で
ただたのしめばよいことになる。
けれどコース料理の食卓には、
主役であるはずの料理が断続的に運ばれる。
一皿やってきては食べ、食べるとなくなり、
次の料理をしばらく待つ。
料理がテーブルの上にない時間の方が
長いことすらあるのが現実。
だからぼんやりしてると退屈しちゃう。
受け身じゃとうてい2時間なんて時間を
乗り切ることはできないのです。


時間的には映画に似ていて、
けれど積極的にたのしむ姿勢がないと
たのしくないという点で、やはりそれは旅に似ている。
コース料理をスタートするとというコトは、
2時間ほどの旅のはじまりというコトに
なるのだろうと思うのです。

旅の一番最初に、
その旅の安全と成功を祈って行う儀式が「乾杯」。
ボクはそう思うことにしています。

船旅の安全を託す相手は、船のキャプテン。
レストランならば、それはシェフ。
だからまず、シェフに対してグラスを軽くかかげます。

安全に運航する船に乗って旅をしたとして、
それだけで旅がたのしいモノになるかというと、
そんなことはない。
旅を一緒にするお供の人と協力しあって
たのしい旅にする努力をしないと船の旅は退屈。
海の上ではどこに逃げることもかなわず
ぼんやり、波を眺めるだけになる。
レストランの旅もおんなじ。
同じテーブルを囲む人たちが、互いに助けあって
たのしい旅にしようという気持ちがないと、
2時間をぼんやり過ごすハメになる。
だからテーブルを囲むみんなにグラスを捧げて、
みなさまよろしくお願いします。
と、そうお願いをする。

レストランにおける乾杯は、
二度、グラスをさりげなく捧げて終わる。

グラス同士をあわせるコトはバッドマナーですか?
と聞かれることがよくあります。
それは状況次第。
乾杯用の飲み物が入った器次第でしょうか。
分厚いビールのジョッキはガシャンガシャンと、
威勢よくぶつけあって景気づけをするためのモノ。
ためらわず音を立てて乾杯しましょう。
その時もまず一回目はジョッキを宙に掲げて、
みんなで目を見合わせる。
シェフの代わりに、酔っぱらいの神様に祈りをささげて、
それからガシャンガシャンとジョッキをぶつける。
元気がでます。


コース料理のスタートは
薄くて繊細なシャンパングラスかワイングラス。
ぶつけてしまうと壊れるリスクがいささか高い。
恋人同士で肩を寄せあい、
近い位置にあるグラス同士をそっとぶつける。
ぶつけるというか、こすりあわせるような感覚。
まるでキスするみたいな乾杯をするのであれば、
デリケートにしてエレガントなシャンパングラスも
グラス冥利に尽きるというモノ。
不特定多数の人たちが、遠い位置からグラスをぶつける。
思わぬ加速度をもって、
思わぬ方向からやってくるグラスは
あたかも、信号機が故障した交差点に
一斉になだれ込んでくる車のごとし。
だから音は立てずに、グラスを捧げる程度の乾杯。

ちなみに晩餐会のようなときには主賓がいます。
シェフの代わりに主賓に一礼。
そして再びテーブル囲む仲間に一礼しながら
グラスを軽く捧げてニッコリ。
晩餐会を真似て出来上がっている結婚式の披露宴も、
新郎新婦という主賓に対してグラスをかざして、
同じテーブルの列席者に一礼しながら、
グラスをクイッと傾ける。

さてたのしい旅のはじまりです。

まずおもむろにメニューをみます。
晩餐会や披露宴の場合には、
あらかじめ今日のメニューが決まってる。
それらをどのように攻略するのか。
食べ進めるにあたって、何を注意すれば
これからの2時間ほどの旅がたのしくなるのかを、
乾杯の飲み物片手に考える。
一人で思案にふけるのもよし。
テーブルを囲むみんなで
傾向と対策を話し合うのもまたたのし。
一方、レストランではメニューをみながら
今日、食べるものを決め、
注文するという儀式がそれからスタートします。

あれ?
そういえば、料理を注文するのと乾杯するのと。
どちらが先でどちらが後が、
ステキな旅のはじめ方なんでしょう?
来週一緒に考えることといたします。



2014-06-12-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN