194 コース料理のたのしみ方。 その2乾杯のタイミング。

さて素朴な質問。
乾杯はどのタイミングですべきなのか?

晩餐会とか披露宴、
あるいはパーティーのような場所では
メニューはあらかじめ決まっているから、
迷うコトはほとんどないでしょう。
席に座って、主催者、あるいはメインゲストが
乾杯しましょうと言えばそれが乾杯タイム。
けれど、食べるものを自分で決めるレストラン。
そこでは一体、いつが乾杯どきなのか?
乾杯用の飲み物をいつどんなタイミングですべきなのかを、
今日は考えてみることにいたしましょう。


ボクが30歳ちょっと手前の頃の話です。
今からもう四半世紀以上も前のコトになりますか‥‥。
それまで外食産業が
男性とファミリーのためのモノであった時代が終わって、
女性に贔屓されないと生き残っていけない時代が
はじまった頃。
居酒屋も例外でなく、女性がたのしく飲めるようにと
店の設えとかサービスだとかに
気を配り始めた時期でもあった。

テレビか何かでみたのでしょう。
「あなた、最近、女性がたのしめる
 居酒屋があるっていうじゃないの」
とそう母から電話。
行ってみたいの。
連れて行っていただけないかしら?
と、まぁ、それはほぼ業務命令のようなモノ(笑)で、
ボクは母と居酒屋探索の一夜を過ごすコトとした。

居酒屋に行ったことはあるの?
と聞くと、はじめてという。
男同士でうさを晴らす場所が居酒屋と思っていたから、
興味はあったけれどなかなか行けずにいた。
だってあなたのお父さんは、
飲みに行くといえば友達とばかり出かけて、
私を誘ってくれるなんて一切なかった。
だからはじめて。
なんだかワクワクするのよネ‥‥、と。

だったら女性に媚を売るようなお店に行くより、
まずは渋い、昔ながらの居酒屋に行ってみようよ。
おかぁさんが、居酒屋ってものに対して
どんな感想を持つかボクも興味があるし。
と、母を誘い直してみたらあっさり。
そうね、男の世界を勉強するのもいいわねぇ‥‥、
と、それでボクがときたまお世話になってた
魚がおいしい居酒屋に行くことにした。


平日の夜。

今と違って煙もくもく。
スーツ姿のおじさんたちが、ネクタイゆるめて
煙突みたいに煙草の煙を吐き出している。
小さなテーブルに二人で座って、
まず母は、長く伸ばした髪の毛を
後ろで束ねてゴム輪でとめる。
さぁ、飲む準備はできたわよ‥‥、って、
メニューを手にする。
すかさず、お店の人が来て
ホカホカのおしぼりを手渡しながら、
「何をお飲みになりますか?」って。

あら、飲み物注文から先にするのね‥‥、
と、飲み物のメニューを探してあたふたする母。
「こういうところでは、まず生ビールをたのむんだよ」
‥‥、と、訳知り顔で生を2杯。
中ジョッキでネ! と注文をする。
あら、あなたもこういうところじゃ
おじさんみたいに振る舞うのネ‥‥、と母に笑われ、
そうさ、ボクも男だからねと言い返す。

ビールがくるまで、メニューを眺める。
かなりの料理が揃っています。
100種類か150種類ほどもありましたか。
この中から注文を決めるのって、大変だわね‥‥、
と母はそれでもたのしげにメニューの隅から隅を読む。
そうするうちビールが届いて、それと一緒に小鉢が2つ。
「お通し」という奴ですね。
季節の素材でチャチャッと作った粋な料理がやってくる。

母がいいます。
これってまるでアミューズグールみたいなモノネ。
シャンパン飲んで、メニューをじっくり決めるまで、
テーブルや口が寂しくないように
最初に出される小さな料理。
それとおんなじ。
そう思ってみると生のビールはまるでシャンパン。
どちらも悩んで決めるものじゃない。
しかもどちらも泡がおいしく、
お腹をすかせて会話をはずませるに
十分な軽さと爽やかさと持っている。
なんだか私、居酒屋好きかもしれないわ‥‥、って。
ジョッキをガチャガチャあてて乾杯をして
プハーッと大きな息をつきました。
冷えたビールのおいしいコト。
二人はメニューを読み合わせながら、
あれにしようか、これにしようかと
ジョッキを片手にこころおきなくたのしく迷い、
注文が決まった頃にはジョッキはほぼ空。
食べたい料理を注文し、ついでにもう1杯ずつ、
ジョッキを頂戴ってコトになる。


さて、冒頭の質問の答えであります。

何を食べようとメニューを見ながら考えるのに、
何も飲まず、何も食べずではあまりにさみしい。
心置きなく悩むため。
たのしく悩んで、
みんなでベストソリューションを手に入れるため。
乾杯用の飲み物はまず席についたら注文をする。
そしてお酒で喉と心を潤しながら、
これからの旅の指針を決める。
スマートにして、ステキです。

ところで今日はコース料理にいたしましょう‥‥、
と決めているような時。
乾杯をして料理がやってくるまでを、
何を思いながら過ごせばいいのか?
さて、来週にいたします。



2014-06-19-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN