194 コース料理のたのしみ方。 その2乾杯のタイミング。

おまかせコース料理のお店。
メニューを自分で決めるたのしみのないお店。
けれどそういうお店を、
メニューを自分で決めなくてもいいから
面倒のないお店‥‥、ととらえる人も少なくはない。

密談接待に適したお店には基本的にメニューがない‥‥、
と言われたりする。
メニューがなければ注文をとるため、
根掘り葉掘り質問と答えを繰り返さすという
煩わしいサービスが必要なくなる。
だから席についたらいきなりそこにはプライバシー。
値段のことも気にしなくてよく、
たのしい悪巧みに没頭できる。


話がちょっと横道にそれますけれど、
ボクの友人で政治がらみの仕事をしていた奴がいて、
彼がとても忙しいということを吹聴するのに、
こんな言い方をしたことがある。
「オレはひと晩何回も前菜ばかり食べるんだよ」と。
政治の世界が忙しくなると、売れっ子と言われる人たちは
ひと晩に何回もお座敷がかかることになる。
料亭。
あるいはプライバシーのシッカリしたレストランに行く。
座る。
まず一杯と酒を飲みつつ話をはじめ、
前菜が出てくる頃にはだいたい話しの決着が付く。
じゃぁ、次の用事がありますから、
ボクはこの辺りで失礼しましょう‥‥、
と、席を立つからひと晩で何回も前菜ばかりを食べている。
というのが、彼の自慢の種。
そしたらそれを聞いていたちょっと高級な官僚が
「オレは最近、汁しか飲んでいないぞ」と。

料亭のような伝統的で上等な日本料理を提供する店。
汁物‥‥、「椀物」とか呼ばれることもありますが‥‥、
蓋のついたお椀がやってきてからが
本格的な料理のはじまりと言われたりします。
調理人の腕と材料の良さの見せ所の一つが、
汁物の基本をなしている「出汁」の味でもあるわけで、
だから「汁」だけ食べるとは
ある意味、究極の贅沢と言えなくもない。
西洋料理であっても、前菜を食べ、
それをあてにして飲みながら
お腹がほどよくあったまってきたらば
次に汁やスープがやってくる。
やはりそこからが本格的な料理のはじまり。
でもって彼。
忙しいからまず自分の部下に前打ち合わせをお願いし、
自分は大抵遅れて登場。
ほぼ出た結論を聞いてそれに納得するか納得しないか
彼次第という、立場なのですネ。
その登場のタイミングが、だいたい汁がでてくる頃合い。
そして汁を、ユックリ味わい、お椀に再び蓋する頃には、
その席における話はすっかり出来上がり、
次に約束がありますのでと店を後にすることになる。
会食をひと晩いくつもはしごして、
なのに汁しか飲めないんだ。
売れっ子は腹がへるようになってるんだよ‥‥、
と自慢気に話を〆る。
前菜ばかり食べていると自慢をしていた友人も、
それには「参った!」と、
いつか自分も汁だけ食べれる立場になりたい‥‥、
とかって恐縮したりするのですネ。

大人の男の世界はかなり複雑で、
滑稽だったりするワケです(笑)。

そういう食事が自分の価値を上げてくれると
ココロから思っている人には、ここから先の話は退屈。
でも、一旦食事をはじめたら、
お店を出る最後の瞬間までたのしく時間を過ごしたい。
そう思う人は、続きを是非に読んでください。


例えおまかせメニューが一種類しかなくとも
メニューをまず開く。
料亭なんかにいくと、もう献立が決まっていて、
テーブルの上に達筆な文字で
今日の品書きが書かれてのっていたりする。
レストランとは違うけれども、
披露宴でもメニューがお皿の上にのっていたりしますネ。
それをまずみて、料理ひとつひとつの名前を見ながら、
今日は何品、提供されるのかを数えます。
正式と言われるフランス料理の晩餐では、
こんな感じになるでしょうか。
冷たい前菜。
あたたかい前菜、あるいはスープ、
場合によってはその両方。
魚の料理。
肉料理。
そしてデザートという具合になりましょうか。
魚と肉の間に口直しの氷菓やアイスクリームが
やってくることもあったりします。

つまり全部で5つから6つの料理を
これから食べるということになる。

ここでちょっと思案します。
一皿分、どのくらいの時間をかけてたのしむべきか。

コース料理とか会席料理。
あるいは宴会料理にかかる時間はたいてい、
スゴく急いで1時間半。
普通で2時間。
じっくり時間をかけてたのしめば
3時間くらいかってしまう。
だとすると‥‥。
スピーディーな会食でも一皿にかかる時間は15分ほど。
ユックリな会食では料理と料理の間隔は
30分もかかってしまうコトになる。
この15分。
あるいは30分をどう過ごしましょう。

過ごし方では、とても退屈な食事になります。
退屈を感じる以上に、損をしちゃうこともある。
さて、どうしましょう。
また来週といたします。



2014-06-26-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN