194 レストランでの大失敗。その9。テーブルにつくまでが、最初の関門。

さて、木曜日。
予約の時間の5分ほど前。
ボクは母と一緒に例のレストランのドアをひらきます。
予約をしておりました、サカキでございます‥‥、
と出迎えの人に告げてお店に入る。
お店の中は若干、ざわざわしています。
なるほど。
6時の予約で小さなパーティーのお客様がやってきている。
半分、個室のようになったスペースに、
8人ほどのお客様がおさまって、
シャンパンを抜いたばかりなのでしょうか。
小さな拍手と一緒に、
明るい笑い声がお店の中を満たしてる。

さぁ、テーブルに案内してよ‥‥、
とボクの気持ちが先へ先へとせいていきます。
ところが母がグズグズします。
夜になると肌寒さを感じる季節。
だから母は柿色の薄手のコートを着てました。
それをゆっくり脱ぎながら、お店の中をぐるりと見渡す。
ボクらを出迎えたサービススタッフが、
母のコートを受け取りながら、
「さすがに夜になると冷え冷えしてまいりました」
と挨拶をする。
「ええ、なにか温かいものが
 うれしい季節になりましたわネ」
と答える母に、
「本日はスパイシーな煮込み料理のご用意がございます」
とそっと耳打ち。

そして母はこういいます。

「今日はどの席をいただけるのかしら‥‥?」と。



後に母は、この一言の意味をボクにこう説明する。

こちらにどうぞと一旦、案内されてしまったテーブル。
そこがどうしようもなく退屈で、
悲惨なテーブルだったとするじゃない?
でもそこで、ワタシはこんな席に座りたくないと
押し問答をする。
それってスゴく粋じゃないでしょ。
ふくれっ面でごねて別のテーブルを用意されて、
あちらへどうぞと移動する。
あぁ、なんて傲慢な人なんだろうって、
お店の人だけじゃなくて他のお客様からも疎まれる。
おしゃれじゃないでしょ?

何度も通って、なじみになったお店なら、
テーブルの好みを知ったスタッフを
信頼することもできるけれど、
はじめての店ではそんな人間関係もできてない。
だから案内される前に、つぶやくの。
今日はどのテーブルでたのしめばいいの?って。

その質問の答えから、
ワタシがどんなふうにお店の人から思われてるか‥‥、
もわかるでしょう?
来て欲しかったお客様。
どうもてなせばいいのか迷ってしまうお客様。
あるいは、ウェルカムされていない客。
答に応じて、それならこれからどうたのしもうか‥‥、
って戦略立てるヒントにもなる。

さて、木曜日の午後6時50分の答がこれ。

「ワタクシ共のサービスが行き届きますよう、
 見通しのよいテーブルをご用意いたしました」。
そう、ボクが先日、友人と一緒に行って
座ったテーブルを示して、続いて
「もし落ち着いたお席がお好きでらっしゃいましたら、
 そのようにご用意いたしますが」とくわえる。

あぁ、なんたる大人のやりとりでしょう。
さぁ、母がどう答えるかと待ってたら、
母は無言でボクを見つめる。
その母の右の眉毛の端がピクピク、しきりに動く。
「あなたの出番よ」という合図だろうと、
「エヘン」と軽く咳払い。

「せっかくだから、
 サービスをたのしむテーブルをいただきませんか?」
と母に一言。
そのテーブルにどうぞと案内されながら、
母がポソリと「上出来ネ」と、小さくつぶやく。

そして座ったテーブルで、母はニッコリ。
「煮物は冷ましておいしくなるもの」とボクにいう。
熱いうちに煮物を食べてもおいしくはない。
冷ますからこそ、素材に味が入っていくのと
おんなじよ‥‥、と、
つまり「急いては事を仕損じる」の母的表現。
まさに、そう。



「お待ち申し上げておりました、サカキ様」
と給仕係が軽く会釈をボクにする。
そしてもう一度、母に向かって
頭を下げようとしながら一言。

「どのようにお呼びいたしましょう。
 お母様でよろしゅうございますか?」と母に聞くのです。
母、満面の笑顔にて、「ええ、喜んで」。
だって今日の私は、この人に招待されたお客様ですもの。
孝行ものの息子でしょう?‥‥、と。

あぁ、この関係性。
サカキ様はボクであって、決して母ではないのです。
どんなに堂に入った大人の母も、
ボクがホストで招待した以上、ボクがあくまでサカキ様。
母がサカキ様で、ボクが息子様ではないというコト。
肝に銘じて、背筋を伸ばす。

「当店にははじめてでらっしゃいますか?」と聞く彼に、
「母ははじめて、ボクは一度、来ました。
 このお店を贔屓にしていらっしゃる方に
 連れてきていただいたんです」と、先輩の名前を告げる。
それはよろしゅうございましたと、
メニューの準備に一旦テーブルを離れていった。

この前の0.5回目のコトは
なかったことになっているのね‥‥、って、
母がいたずらっぽく微笑んで、ボクもニヤリと。
さぁ、来週。

 

2014-11-27-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN