194 レストランでの大失敗。その17 男の席と女の席。

2人がけのテーブルしかない店があります。
ビストロであるとか、カフェであるとか。
気軽なお店では、
スペースを大切に使わないといけないというコトもあって、
人が座らぬ椅子をあまり作りたがらない。
2人を緊張感なく座らせるために、
大きなテーブルを用意できるということは、
二人分の席を台無しにできる余裕があるということ。
お店の余裕は、お客様の余裕に満ちた財布が作る。
つまり、2人で4人分の
食事代を負担するぐらいの余裕をもって、
座らなくちゃいけないテーブルというコトでしょう。

2人で座る2人がけのテーブル。
当然、それはほとんどの場合が
向かい合わせに座るテーブル。
中でもカフェにおかれているような小さなテーブル。
それはまごうことなき、「恋人たちのテーブル」で、
膝と膝が当たるくらいに、
向かい側に座った人を
身近に感じるコトができるテーブルでもある。
テーブルの下でちょっと手を伸ばせば、
相手の手に触れられそうで、
もし、テーブルクロスがかかっていたら、
それこそテーブルの下は2人だけの大人の密室。
男女2人でも緊張します。
そんなところにもし取引先のお偉方と、
2人きりで座らなくちゃいけなくなったら、
もう気絶しそうになっちゃったりする。

ただ、2人で向かい合って座るテーブルは
小さければ小さいほど、
不思議なコトに間が持ったりするのですね。
当然、腕組みして座っちゃいけません。
喧嘩がいつ起こっておかしくない、
不穏な気配にお店の人たちだけでなく、
周りに座っている人たちまでビクビクします。
手はテーブルの上に置く。
あるいは膝の上にそっと置き、
とりとめもない会話をしていると、
同じ空間の同じ空気を吸っている連帯感にも似た感覚で、
くつろげるようになったりもする。



問題なのは手を伸ばさないと
向かい側の相手に届かない程度の、
よそよそしい距離感を作ってしまう
中途半端に大きなテーブル。
どうやれば2人の間の距離が埋まるか、
それを考えると別の緊張に襲われる。
正方形に近い4人がけのテーブルで、
向かい合わせに座るという、
その夜、そのカップルの座り方こそ、そんな距離感。

その距離感をもって、相手の真正面に座るというコト。
それはすなわち「あなただけを見ています」‥‥、
という意思表示である。
女性に対する惜しみなき愛情を、
座る位置で示そうとすれば、
もう正面しか座る場所はない。
しかもそのとき、女性の正面に座った
男性の眼に入るものが、
女性の姿だけであればあるほどそれは効果的。

最低なのは女性を客席ホールの方に背中を向けて座らせて、
自分が壁に背を向け座る。
お前はオレのことだけみてればいいんだ的な、
傲慢な座り位置。
しかも他のテーブルの方をチラリチラリと盗み見をする。
この世に女性はお前だけじゃないんだから‥‥、って、
そんなふうに受け取られてもしょうがない。

そういう意味で、壁際の席を
女性に譲った彼の姿勢は正しく評価いたしましょう。

でもね。
タバコを吸っちゃだめよねぇ‥‥。
彼女よりも先に座るのもエレガントじゃない。



そういう母に、そうだよね。
レストランはレディーファーストが
支配している空間だからネ‥‥、
と相槌をうつボクを、母はキッと見つめて、
「そんな、生易しいことじゃないのよ」と。
だってね。
女性の顔を下から見上げると老けてみえるのよ。
一般的に男性は女性よりも
背が高く育つようにできてるでしょう。
あれは、隣にいる女性を
上から見下ろすように神様が設計してるの。
男性が女性より先に座っちゃいけないって
ルールができたのだって、
決して女性がか弱い存在で、
だから先に座らせなくちゃ‥‥、
なんてことじゃないと思うの。
男より弱い女はこの世にゃいないモノ。
女性が立ち上がろうとしたら、
まず男性が立ち上がり、
敬意を表するというマナーだって、
「女性のうつくしさ」に対して敬意を表す行為。

あなたもそうは思わなくて?
って、とそういう母の説得力に、
今でもボクは女性を下から見上げるなんて
しちゃいけないことと、頭の中に擦り込まれてる。

それにね。
ジャケットの襟の後ろ側がペロンとめくれてる。
それを他のお客様みんなに晒しているのよ。
なんて、見苦しい。
客席ホールに背中を向けて座るときには、
後ろ姿にも責任を持つ‥‥、わかったわねと、
その日は母に男の振る舞いを教わる夜のようになった。

それにしてもボクらはまだ
料理の注文を終えてないのです‥‥、
どうしましょうと、また来週。

 

2015-01-29-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN