009 たのしく味わう。その9
一風変わった「個性的な味」。

回転寿司のチェーン店を経営する人と
話していたときのコトです。
回転寿司で成功するための持論を
彼はこう説明する。

回転寿司の良し悪しは、シャリの良し悪し。
上等な寿司屋の場合、お客様はネタを食べにいくから、
そういうお店の良し悪しは、ネタの良し悪し。
けれど回転寿司には、お腹いっぱいになりにくる。
だからシャリがおいしくないと、お客様はよろこばない。
シャリをおいしく感じさせるコトに成功した回転寿司は、
成功の確率が高いお店と言えるんです。

ちなみにうちはシャリを3種類もっている。
1種類は「わざと、ひと味抜いた」シャリ。
おいしくないかというと、決してそんなコトはなく、
ただちょっと物足りなく感じるように味をつけてる。
新しくお店を作ったときにはそういう
「ひと味足りない」シャリでまずは営業をする。
新規開店のお店には、放っておいてもお客様がくる。
大抵そんなときには、
開店記念セールのようなコトをするから、
お客様の評価はちょっと甘くなるんです。
少々味が物足りないなぁ‥‥、と思っても、
新しい店にやってきたという気持ちで
それは帳消しになる。

そういうシャリで営業するのは2ヶ月ほど。
3ヶ月目というのは、
2度目のお客様がもどってやってくるタイミング。
その頃から最初のシャリに欠けていた
ひと味をくわえたシャリに変えるんです。
「ひと味足りない」シャリから
「普通においしいシャリ」に変えれば、
お客様は「おいしくなった」と感心をするんです。



飲食店において、「おいしい」コトより
「おいしく感じてもらう」コトの方がずっと大事で大変で、
だから彼らは開店当初の身びいきが
いなくなるタイミングで
本当においしくするというテクニックを使うのですネ。
ちょっとズルいけど、
それもお客様をよろこばせるという工夫のひとつ。
大目にみましょう。

回転寿司の経営者の話はなおも続きます。

おいしくなったとお客様が思って、
うちのお店をひいきするようになってくれる。
その頃合いがだいたい、開業から半年目。
そこでもう一度、シャリの味を変えるんです。
「普通においしい」シャリに
「ひと味くわえた」シャリにする。

どんなひと味なんですか? と聞くと、
ワザとおいしくなくするんです‥‥、と。

それは立地やまわりの競争相手の状態に
あわせて変わるひと味なんだともいい、
例えば大人が多くやってくる店。
そこのシャリには酸味をたす。
お店によっては甘みをくわえたり、
苦味をくわえたりすることもある。
ただし本当にちょっとだけ。
よほどの舌の持ち主でなければ、わからないほど
少量、何かを足してやる。
お客様は「この店のシャリはおいしいシャリだ」
と思い込んでいるから、なかなか気づかない。
漠然とした違和感を覚えたとしても、
それを口に出すのははばかられるほど、わずかな一味が、
そのうちそこのお店の個性になっていく。

だって、自分のお店の料理を、
わざとおいしくなくする人はいないですから。
だからその3番目のシャリの味はオンリーワン。
おいしいモノはすぐ飽きる。
けれど、一風変わった「個性的な味」に慣れてしまうと、
なかなかそれから離れられない。
他の回転寿司を食べると
「あれ、これは変な味がする」と思ってしまう。
本当はそっちの方が普通においしい
シャリなのかもしれないのに、
慣れてしまった味をおいしく感じるように、
人間の舌や頭はできているのです‥‥、と。



喫茶店のコーヒーも、ある意味、
この回転寿司の経営者がいうシャリと
同じなのかもしれない。
他の喫茶店との競争のコトを考えると、
個性的であろうとする。
それは喫茶店のみならず、
「商売としての飲食店」は、
自分のお店ならではの個性的な味を試行錯誤する。
特にコーヒーのような嗜好品。
お腹いっぱいになるためのモノでない商品で
あればあるほど、個性的を競うようになる。

酸っぱい。
苦い。
味だけじゃなく、温度も熱々。
フウフウしてもすぐには飲めないほどに熱いモノが多い。
よく言えば、個性的。
悪く言えばまずいコーヒーのお店が
ずっと、長続きしたりすようなコトすらあって、
それもつまり「印象的で思い出しやすい味」こそが、
喫茶店のコーヒーにとっての
「おいしい味」だったのでしょう。
たしかにボクが何度も通う喫茶店のコーヒーは、
どこも一風変わった味わい。
中には同じ喫茶店から焙煎をした豆を
調達している店なのに、
それぞれ、まるで違った印象のコーヒーにして
提供するようなお店もあったりするオモシロさ。

飲食店の料理と、ボクたちが自ら作る料理は
まるで違った目的をもった料理なんだろうなぁ‥‥、
と思うワケです。

ところでなんで喫茶店て、
どんどん少なくなってくんでしょう。
また来週の話題です。



2015-05-07-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN