010 たのしく味わう。その10
飲食店がシアワセをつくっていた時代。

人をシアワセにしてくれる仕事の条件。
それは、「好きで、続いて、食える」コト。
好きな仕事じゃなくちゃたのしくないし、
きつすぎたり退屈すぎたりすると続かない。
どんなに好きで、続く仕事でも
その稼ぎでは生活できないような仕事だったら、
人をシアワセにすることはできないワケです。

飲食店を経営しながら
シアワセになる条件もまさにそのまま。
3つの条件。

お客様から好きと言われるおいしい商品。

それを安定して売り続ける仕組み。

なにより、確実に儲かる値付けができるコト。



飲食店にはいろんな種類のお店があるけれど、
喫茶店は中でもこの3つの条件を
バランスよく兼ね備えたすぐれた業態。
だから、飲食店を独立開業するなら喫茶店、
と言われた時代がありました。
今から50年ほど前から15年間ほど。
それまで、調理師を育てるための
調理師学校はたくさんあった。
卒業した人たちのほとんどは、
ホテルや結婚式場のような大型飲食施設に就職をする。
けれど飲食店の経営を勉強できる学校はなく、
1970年くらいの頃だったでしょうか‥‥、
失敗しない喫茶店の開業法を教える学校が東京にできた。
それがおそらく、日本で最初の
飲食店の経営の仕方を教えた学校で、
たちまち人気の学校となったものでした。

ボクの師匠がその学校の経営に
深く関与していたコトもあり、
何度か講義を聴いたことがある。
コーヒーの豆のことからはじまって、
焙煎の仕方や挽き方、落とし方。
食器の整え方であったり、効率よく働くための設備計画。
居心地の良い店作りの知識であったりと、
実技や座学をとりまぜた実践的な内容に、
なるほど、これならボクでも
喫茶店が開業できるかもしれないなぁ‥‥、
と、感心しつつ、けれど一番、ココロに残った講義が
「ずっと喫茶店であり続ける覚悟をもちなさい」
というモノでした。



喫茶店のメイン商品は当然、コーヒー。
人をこれほどシアワセにしてくれる商品は他にない。
飲む人を魅了する個性がある。
しかも原価がかからぬ、売れば売れるほど儲かる商品。
お腹にたまる料理と違って、一日何度でも味わえる。
普通のレストランならば、ランチが終わる2時くらいから、
晩ご飯がはじまる5時まで、
どんなにがんばってもお客様がいらっしゃらない時間が
できてしまうんですよ。
喫茶店にはそれがない。
つまり営業時間の間、
ずっとお客様に来ていただけるチャンスがあるという
ありがたさ。

コーヒーを目当てにやってきてくれる店が喫茶店。
やってきてくれるお客様が、
みんなコーヒーを定価で飲んで帰ってくれれば、
お店が潰れるコトはない。
けれどお客様の中には、
空きっ腹にコーヒーを飲んでもおいしくはない。
何か食べるものは無いのか? という人がやってくる。
あるいは、何か一緒に甘いものはないのか?
という人もでてくる。

そんなときのために、パンを買っておきなさい。
あなたの街で評判の
おいしい食パンを焼いている店の食パンを買う。
トーストを焼いてバターを塗れば軽食になる。
営業になれて、手間をかけることができるようになったら、
サンドイッチを作ってあげれば、それで十分お腹が満ちる。
原価の高いケーキなんか買わなくても、
トーストにジャムやマーマレードを塗れば
お菓子のかわりにもなる。

それでその学校にはおいしいパンの選び方や保管の仕方。
切り方、焼き方、サンドイッチの作り方と言った
実技の授業が用意されてた。

コーヒーを売り、そのコーヒーをおいしくしてくれる
パンを使った商品に限って料理するコトを守りさえすれば、
喫茶店は人をシアワセにし続ける。
欲張らず、喫茶店でありつづける覚悟を
守ればいいんですよ‥‥、と、
それがその学校の卒業の餞の言葉でもあり、
それを守った人たちはたしかにみんなたのしく儲けて、
シアワセになった。

でも喫茶店を開業した人みんなが
シアワセであり続けたかというと決してそんなことはなく、
喫茶店の最盛期。
1980年に15万軒あった喫茶店が、
今ではたったの7万軒。
半分以下になっちゃった。

さて来週へと続きます。



2015-05-14-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN