014 たのしく味わう。その14
人をがんばらせるパワー。

ちょっとより道。
料理がもっている
「人をがんばらせるパワー」の話をいたしましょう。

「あの料理を食べたい!」と思って一生懸命がんばる。
モティベーションをあげてくれる料理があります。
大抵それは、贅沢な料理。
あるいは贅沢な経験にかかわりをもつ料理で、
例えば、若い頃に食道楽の先輩や、
接待で連れて行ってもらった
上等なレストランで食べたお料理。
あるいは雰囲気。
いつかできれば自分のお金でもう一度‥‥、
と思ってがんばる。

ボクにも昔はたくさんあった。
それをひとつづつ征服していくコトが
大人になってくように思って、仕事をがんばった。
ひとつ、憧れが叶うと次に、また新しいあこがれができ、
なかなか大人になれないなぁ‥‥、
って思いながらもまたがんばって。
半世紀分生きても
未だに食べなきゃいけない料理がたくさん。
ボクもまだまだ若造だなぁ‥‥、って
やる気が湧いてやってくる。



かと思うと、「あれを食べなくてすむ」ようがんばる。
そういうモティベーションもあるのです。

世界的なIT企業の創業者。
若い頃には仕事にあけくれ、
マクドナルドのチーズバーガーと
チョコレートシェイクがありさえすればそれでよかった。
自分の成功は、マクドナルドのジャンクフードだったんだ。
そう、雑誌のインタビューに答える姿が、
一時期、有名になったりした。

そんな彼が日本にやってきたときに、
日本の法人の役員が気をきかして、
日本のマクドナルドのチーズバーガーを買って、
どうぞとランチに出した。

なつかしい料理。
アメリカのそれと、日本のモノの違いがあれば、
またそれもいい土産話にしてもらえるだろうという、
もてなす気持ちでのチーズバーガー。
その経営者は一瞥するや、厳しい顔でこう言った。

もしかして君は未だに
こんなモノを食べて満足しているわけじゃないだろうな。
たしかに僕が若い頃。
時間もお金も自由にならず、
このチーズバーガーにお世話になった。
けれどそのとき、こう思いながらがんばったんだ。

「このチーズバーガーを食べなくてすむ人生を
 僕は手に入れるんだ」って。

だからこれを食べさせれば喜ぶんだと、
思われることが悔しくってしょうがない。
そういえば業界誌の記者が、僕が会社を上場させたとき、
こんなコトを言ったコトもある。
「もうこれで、チーズバーガーを
 好きなだけ食べるコトができますね」って。
僕はこう答えた。
「二度とマクドナルドを食べなくてすむ人生を得たんだ、
 と今は思っています」とネ。

マクドナルドは金持ちの食べ物じゃないという意味で
言ったわけじゃない。
金が自由になる僕らのコトを待っている人が
レストランの世界にはたくさんいる。
なのにいつまでも、安いモノを食べて喜んでいるのは
エゴイスティックなただの金持ち。
だからもう、ファストフードのチーズバーガーは
食べないことにしたんだよ。



西洋の人。
特にアメリカ人は、豊かになると、
それまでの生活習慣や生活圏を捨てて
新たな生活のステージにあがる。
一旦階段をあがると生活の水準が大幅に下がらぬ限りは、
下に降りることはない。
豊かになるということは、
生活にコストをかけるというコト。
その社会的責任を果たせぬ人は、
ただの拝金主義者なんだ‥‥、と言われたりもする。

ちなみにイタリアの人たち。
パスタでお腹一杯にしないですむ生活こそが、
経済的に成功した人の証なんだという人がいる。
昔から貧しかった南イタリアには
おいしいパスタのレシピが多く、
経済的に豊かな北イタリアの人たちは、
自分の街にはパスタ以外の名物料理があることを
自慢しがちになったりもする。

その点、日本の人は、
生活という階段を自由に上がったり下がったりする。
日本人は食べ物の上に食べ物を作らず、
食べ物に下に食べ物を作らない‥‥、のかもしれない。
もしかしたら日本のパスタが
世界で一番おいしいといわれるのは、
そういう日本人の食に対する博愛主義が理由のひとつ‥‥、
なのかもしれない。

さて来週は「良く煮た麺」の話をしましょう。
ごきげんよう。



2015-06-11-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN