おいしい店とのつきあい方。

115 ごきげんな食いしん坊。その9家庭科の目玉焼き。

小さな頃からお手伝いと称して、
家の調理場に立つことはよくありました。
外で友達と遊ぶより、
家で本を読んだりぼんやりするのが好きな子だったから、
おいしいモノができるキッチンは格好の遊び場でした。
自分の目玉焼きを焼けるようになってからは、
ときおり妹たちの目玉焼きを焼いたり、
夜中にお腹がすいたときには
パンを焼いて内緒で食べたりと、
料理を作ることが徐々にたのしくなっていった。

そんなときです。

小学校の調理実習で、目玉焼きを焼くという課題が出た。

それがはじめての調理実習だったのか‥‥。
もしかしたらトマトとレタスでサラダを作ったのが、
一番最初の料理だったのかもしれず、
あるいは粉ふき芋を作った思い出もある。
だから何が一番最初の調理実習か、
記憶はさだかでないのだけれど、
未だに記憶に残る実習は目玉焼き。

家庭科の教科書にその材料と作り方が
丁寧に書かれていました。
サラダ油に塩、胡椒。
玉子は中くらいの大きさのものを1個と
几帳面に決められていて、
決められた通りの食材を持って学校に行くところから
調理実習がはじまるのです。

「調理実習で目玉焼きを作るから、
食材をもらっていくネ」とその日の朝に母に言う。
すると、なんでも必要なものがあったら
持っていきなさいネ‥‥、と。
そう言われると、冷蔵庫の中をジックリ観察したくなる。
昔の冷蔵庫は今のようには、
ものがギッシリ入ってなかった。
生鮮食品の買い物は毎日するのがまだ当たり前。
だから、冷蔵庫の中には
これといった食材はほとんどなくて、
けれどなぜだか、ハムがあった。
薄切りのハム。
朝に使い残したものでしょうか。
もしかしたら、今日のおやつの
サンドイッチになるかもしれないハムが
10枚ほどあって、そこから4枚取り出し、
袋に入れて持っていった。
だって目玉焼きと一緒に焼いたハムはおいしい。
同じ調理台を囲む他の3人の分も持っていってあげれば
喜ぶに違いない‥‥、とそれで4枚。

油をなじませたフライパンを熱したところに玉子を落とし、
水を垂らして蓋して蒸し焼き。
ひっくり返さず、白身に熱が入ったところで
お皿に移すというのが、教科書にあった焼き方。

でもボクは自分の焼き方で焼きたかったのです。

こういう風に焼くと、本当に美味しくできるんだよ‥‥、
と説明するもなかなかそれが伝わらない。
だったらボクがみんなの分も作ってあげるよ。
代わりに君と君はハムを焼いてネ。
それからあなたは鍋にお湯を沸かして、
そこでお皿を温めといて‥‥、
とボクはその場を仕切って
自分好みの目玉焼きを4つ作ってお皿に盛った。

うれしかった。
家族ではない他人のために料理を作ってあげるということ。
しかも自分がおいしいと思う料理を
作ってあげているということが、とてもウレシク、
気合も入った。

叱られました。
教科書通りに作らなかったということ。
分業してしまったこと。
目玉焼きじゃなくて、ハムエッグを作ってしまったことが
先生には許せなかったようで、
その顛末が丁寧に書かれた通知表を持って
その日は家に帰った。

それを読んだ母もボクを叱りました。
ただ叱る前に、こう質問することも忘れなかった。

「あなた、同じ班の人たち、
ひとりひとりの好みを聞いて作ったの?」

いや、そんなコトはしなかった。
ボクがおいしいと思う目玉焼きを作りたくって、
作ったんだ‥‥、と、言うボクは母が言う。

あなたがしたことは、小学生としては失格。
でも私の息子としては及第点。
もしひとりひとりの好みを聞いて、
それをしっかり作り分けることができたら、
先生に胸を張って私の息子はすばらしいと言えた。
もうひと頑張りしなさいな‥‥、って。

先生のいった通りにしない小学生はダメだけれど、
おいしいモノを作りたいという自分の気持ちに
素直に行動したことは息子としては評価したい。
でもそれだけじゃ不十分という、
そう息子を叱咤する母が育てたボクの中の食いしん坊気質。

そういえばこんなコトもありました──。
来週につづきます。

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2017-06-08-THU