おいしい店とのつきあい方。

117 飲食店の新たな姿。その35五感をとぎすませた仕事が今や。

お客様から呼ばれたら負け。
そう思って、お店の人たちは一所懸命、
お客様を観察します。
お客様の思いを先回りしてサービスをする。
ずっと飲食店の人たちは、そう思って仕事をしてきました。

この「お客様の気持ちを先回りする」ということは、
感動的なよいサービスを提供する大切な要素。
どんなにいいサービスをしていると思っても、
それがお客様から言われてしたことだとしたら
サービスではなく作業なんだ‥‥。
サービスのプロはずっとそう言いながら
部下を教育したものでした。

ところが最近。
呼んでもないのにテーブルまで来て、
してほしいと思っているわけじゃないことを
勝手にするなんておせっかいだ‥‥、って
不快な顔をされるお客様が増えたと
嘆くサービススタッフが増えた。
飲食店にかつてのような
濃厚なサービスを求めないお客様が
増えたのかもしれません。
いや、それ以上にお店の方でお客様に
よいサービスを期待しないようにと
工夫を凝らした結果なのかもしれません。

どんな工夫があるのでしょう。

例えば個室レストラン。
一般的なレストランの個室と、
個室レストランはサービスのあり方が全然違う。
上等なレストランの個室は、
テーブル席で味わうことができない
濃厚なサービスをたのしむことができる上席。
個室専任のサービススタッフが絶えず気遣い、
個室の中の様子を伺う。
昔、とあるフランス料理レストランの
個室で食事をしたときなんて、
もしかしたらどこかに隠しカメラがあって、
それを見ながらサービスしてるんじゃないかと思うくらい。
そろそろワインを注いでほしいなぁ‥‥、って思うと
そっと部屋に入ってきてワインを注ぐ。
なんでこんなことができるんですか‥‥、って聞くと、
お客様ひとりひとりの食べるスピードや
部屋の会話の様子を察しながら、
お客様の気持ちになってサービスするんですって答える。
当然、お部屋のドアの前で
息を潜めて中の様子に
聞き耳をたてることもございます‥‥、と。

プライバシーを味わいたいから個室を選ぶ。
けれどそのプライバシーは、
自分の家で他人の目を気にせず
自由気ままにのんびりできるというプライバシーとは
まるで違う。
お店の人の協力で「プライバシーが守られている」
というプライバシーで、
セレブリティと呼ばれる人たちにとってのプライバシーも
そういうプライバシー。
他の人の目にふれることなくとも、
絶えず誰かに見られていると背筋を伸ばし、
壁に耳ありとたのしい会話を選んだりする。
ちょっとした不自由が、おいしい時間に
キラキラとしたアクセントを添えてくれるという次第。

それに比べて最近流行りの個室レストランという場所は、
サービススタッフから干渉されることも
おしゃべりを邪魔されることもなく、
家でくつろぐように自由に時間を楽しむことができる空間。
本来、よほどのプロでなければ
サービスが行き届かないのが個室で、
だから個室レストランは成立しづらかった。
けれどボタンを押すと従業員がかけつける装置が
一般的になってから増えてきた。
メニューがタブレット端末に置き換わり、
注文をとるのも、追加注文をするのも
機械任せになってから、
最初は都心の居酒屋が個室レストランの主役だったのが、
今では郊外にも個室ファミリーレストランのような店が
次々できてる。
呼ばれる前に行うサービスは絶滅寸前。
呼ばれるまでお客様の座るテーブルに近づかないのが
今のスマートなサービスなんだ‥‥、
と思おうとするも
それはやっぱりサービスじゃないかもなぁって
しみじみ思う。

そうそう、そう言えば先日、焼肉業界向けのイベントで
料理を運ぶロボットが出品されていました。
天井に埋め込んだセンサーをたよりに、
目的のテーブルまでたどり着いたら
お客様がロボットに格納された商品を受け取る。
ボタンを押したらセンサーで、
また黙々と厨房の方に向かう。
そんなロボットを見ると、
やっぱり、料理を運ぶということはサービスじゃなくて
作業なんだと思ったりもする。
業界の未来はいったいどこに向かっていくんでしょう。

2020-02-06-THU

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