おいしい店とのつきあい方。

012 おいしいものをちょっとだけ。その9
「館」(やかた)と呼ばれるビル。

「館」。
「やかた」と読みます。
百貨店や商業ビル。
駅ビルやショッピングモールを運営する人たちが、
自分たちの施設のことを「やかた」と呼ぶのです。

今から30年近く前のこと。
ボクはコンサルタント会社の社長としてでなく、
外食店舗の運営会社を作って
新宿3丁目のとある「館」で
飲食店を営業していたことがあります。
有名な「館」に店を出すということは、
いろいろな人から信用されることなんだ‥‥、
とそのときしみじみ実感しました。

まずビールメーカー4社がもれなくご挨拶にいらっしゃる。
できればうちと取引をしていただけないか。
あの「館」で商売できるということは、
私たちにとっても誉れです、
ビアサーバーが必要であれば、
お好きなだけ提供させていただきます‥‥、
なんていうのは当たり前のこと。
ショーケースをお貸しいたしましょうか。
オープン記念の販売促進をされるのであれば
ご協力させていただきますよ。
もっとあからさまに
リベートは何%必要でらっしゃいましょう、
と訊いてくる会社もあったりした。

金融機関の覚えもめでたく、
追加融資が必要であればと
支店長がわざわざやってきたりする。
設計事務所も気合が入る。
なによりびっくりしたのが他の「館」から
「うちへの出店も検討していただけませんか」
なんて電話が入る。

「街」に出店するということと、
「館」に出店するということは
まるで違ったことなんだ‥‥、とも思いもしました。

「街」に出店するときに
一番最初に必要なのは
物件を手に入れるための「資金」です。
出店費用をまかなうことができさえすれば、
簡単な信用調査で出店は決まる。
ところが「館」に出店しようとすると、
資金以上に大切なのが「信用」。
「館」の人たちから信頼されるということが
出店できるかどうかを決定する最も重要なことなのです。

当然、その信頼の材料の中には会社の経営状態や財務状況、
経営者の先見性や実績などが含まれる。
けれどなにより大切なのは
「『館』のルールが守れるかどうか」ということ。
そのルールは「館」によって異なり、
厳密なところもあればちょっと緩めのところもある。
新宿の「館」のルールの厳しかったこと、厳しかったこと。

当然、店にもルールはあります。
コンサルタント会社の関連会社の経営する店ですから、
かなり厳しいルールのもとに教育をし、
営業していたのだけれど、
そのルールを遥かに上回る厳しさで、
髪の毛の色、ヘアースタイル、立ち居ふるまい。
最初、採用しようと思っていた制服が、
ちょっとカジュアル過ぎるというので注意を受けたり、
過ぎた日焼けのスタッフがいるけど、
うちの「館」のお客様に
不快な思いをさせる可能性があるから、
なんとか注意してほしいと、
驚くような要求も次々でてくる。

すべてのルールに「館」のルールが優先する。
しかもそのルールは、ボクの店にだけ適応されるのでなく
すべてのお店が自店のルールよりも
「館」のルールを優先するように指導される。
それが「『館』とお店の信頼関係の基本」だから
しょうがないのです。

結果、「館」の基準は極めて高いところで保たれる。
お客様はそれを安心と思って「館」を選ぶ。
優秀で活気ある「館」に出店するとは、
これほどまでにすばらしいことなのか‥‥、
とそのときしみじみ実感しました。
お店が独自に集客の努力をしなくても、お客様はやってくる。
料理やサービスを一定の水準に守りさえすれば、
そのお客様は必ず再来店していただける
おなじみさんになってもくれる。
「街」に出店する際に、しなくてはならないさまざまなことを
「館」が代わりにやってくれるというそのすばらしさ。
そのために、「館」の人たちから
あれこれ意見や指導をしてくることもしょうがないか‥‥、
ということになる。

ならば「館」の人たちがテナントであるお店に対して、
厳しいばかりなのかというと決してそんなこともない。
厳しくなりきれない事情が実は彼らにもある。

「館」の人たちは
テナント同士が仲良く営業してくれるよう気を遣います。
テナント会議のような場所では、
売上高がランキング形式で発表されたりして、
もっと頑張らなきゃダメですよ、
どこそこのテナントさんに負けてますよ‥‥、
なんて叱咤されたりすることもある。
けれどテナント同士が喧嘩することないように気を配る。

気を遣わなくちゃいけない理由。
それは、「館」がどのように計画され、
どのように企画が作られ、
どのように運営されているのか。
それを知ればよく分かる。
ちなみにワタクシ。
テナントとして「館」と付き合うずっと前から、
「館」の企画の仕事を何度もやっていた。
来週、「館」は一体なにものか。
そして「街」との違いはなにか。
じっくりお話しいたしましょう。

2020-06-04-THU

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© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN