映画「フロスト×ニクソン」を観て考えた
インタビューをめぐるお話、2回目です。



インタビューの神様 [2]

映画「フロスト×ニクソン」にも登場する、
ニクソン元大統領の側近、リチャード・コルソン氏に、
ひょんなことからインタビュー、
いやインタビューしそこなったことがある。

ホワイトハウスの特別顧問をつとめていたコルソン氏は、
ウォーターゲート事件の黒幕とも言われ、
逮捕、投獄された。
彼は獄中で回心したとされ、
その後、受刑者をキリスト教によって更正させる
『プリズン・フェローシップ』という団体を設立、
その代表におさまった。

インタビューしたのは2005年、当時、私は
ブッシュ政権の宗教団体への補助金を取材していた。
ブッシュ大統領が、補助金を配ることで
キリスト教保守層の票を買おうとしているのではないか、
そしてそれは政教分離の原則を
踏み越えているのではないか、
というのが取材のテーマだった。

横道にそれるが、
このテーマで最初に取材した団体の集会には、
かなり驚かされた。
オハイオ州の田舎町で開かれたイベントに集まったのは、
300人ほどの中高生など全て10代の子供たちだった。
主催したのは、『シルバーリング』という
キリスト教の団体だった。

音楽と映像で幕を開けたイベントの冒頭、
子供たちが、なんと
「セックスはすばらしい、セックスはすばらしい!」と、
何度も大声で連呼したのだ。
子供たちの大合唱に圧倒されていると、
次第に様子が変わっていくのに気づいた。
たとえば壇上で男の子が
「ぼくは将来、妻を持ちます。
 そうすれば最高のプレゼント、
 純潔をささげることができます」と宣言する。
さらに結婚するまで性交渉をしてはいけない
というメッセージがしつこいくらい繰り返される。
要するに、セックスはすばらしいものだからこそ、
結婚するまでとっておこう、という考えを
子供たちに植えつけるのが狙いだった。
純潔を守る誓いを立てた子供たちには、
イベントの最後に“銀の指輪”が与えられた。
指輪をもらった子供のひとりに訊ねた。
「結婚するまで、セックスしないでいられる?」
金髪の彼女は、しばらく考えて答えた。
「難しそうだけど、やってみるわ」

中絶に反対するキリスト教保守層の集会としては、
別に珍しくもない風景なのかもしれないが、
この活動にブッシュ政権が補助金を出しているとしたら、
話は別だった。
これが果たして国民の税金を使うべき活動なのか、
そんな疑問がわくのも自然なことだろう。

話を戻そう。
ウォーターゲート事件で逮捕された、
ニクソン大統領の側近、
リチャード・コルソン氏の場合は、
キリスト教によって受刑者を更正させるための
教育をする、社会活動だった。
コルソン氏に会ったのは、
サウスカロライナ州にある刑務所の中だった。
彼は何百人もの受刑者たちに語りかけていた。
「イエス・キリストは何も持たずに生まれてきました。
 皆さんは、人生には何もないと
 思ってきたかもしれませんが、
 イエスも同じなのです」
受刑者たちが祈り続ける姿は、
教育というよりは、
まるで“ミサ”を見ているようだった。

コルソン氏は、死刑囚たちにも語りかけた。
まだ朝7時前、いくつもの厚い扉を通り、
金属探知機をくぐると、そこは死刑囚の棟だった。
最後に金網の扉を入る。
吹き抜けになっていて、見上げると
死刑囚の個室のドアがすべて見渡せるようになっていた。
金網に覆われたリングのような場所に、
椅子が並べられ、死刑囚たちが座っている。
丸太のような腕に刺青を彫っている男や、
目がうつろで波のように体を震わせている老人、
よだれをたらしてランランと目が輝いている中年男、
あたりには異様な緊張感が漂っていた。

怖がっていたのは、私だけではなかった。
刑務所側との約束で、死刑囚の顔を撮影したい場合には、
その場でひとりひとり個別に許可をとる必要があった。
わが取材チームのアメリカ人スタッフに
許可とるように頼むと、
彼はおびえた顔をして首を横にふった。

腰が引けたわがチームをよそに、
コルソン氏は落ち着いた様子で、死刑囚たちを見渡して
「キリストを信じれば救われる」と説いた。
その姿はまるで神父のように見えた。

宗教を通して社会問題を解決していこうという、
ブッシュ大統領の政策は、彼がテキサス州知事時代に、
コルソン氏と出会ったのがきっかけだったという。
コルソン氏の団体によると、
彼らの活動に参加した受刑者の再犯率は15%、
全米平均の67%を大きく下回るとのことだった。

アルコール依存症だったブッシュ氏は、
40歳で酒をたって聖書の勉強会に参加し、
「生まれ変わった」という。
キリスト教でいう
“ボーン・アゲイン・クリスチャン”だ。
コルソン氏は獄中でこれを体験し、
その後のふたりの出会いが、
ブッシュ政権の政策に
少なからぬ影響を与えることになった。
“大統領の犯罪”に加担して逮捕された人間が、
30年ほどして同じ共和党の大統領の政策に
まったく別の形でかかわる。
なんて数奇な運命なのだろう。

コルソン氏は、獄中でどう回心し、
ウォーターゲート事件、そしてニクソン元大統領を、
今どう見ているのか。
写真や映像で覚えていた彼の顔を間近で見たとたん、
取材の趣旨とは異なる、
こうした問いかけをしたくなった。
コルソン氏へのインタビューの中で、
彼が受刑者を更正させることの重要性を
どれだけ語っても耳に入らなくなり、
ウォーターゲート事件をめぐる幾つもの質問が
頭をかけめぐった。
しかし、そういうわけにもいかなかった。
取材を申し込んだ際に、
質問は取材の趣旨に限ると念を押されていたので、
下手に質問すると、
その後の取材を拒否されるおそれがあったのだ。

それでも聞くべきだったと、
いまとなっては後悔している。
取材の最後にでも、チャンスをうかがって、
とにかく質問をぶつけてみるべきだった。
そうしなければ
“インタビューの神様”が舞い降りる瞬間を
感じとることも出来ないのだ。
私は、“大統領の犯罪”を犯した当事者に話を聞ける、
おそらく最初で最後のチャンスを逃した。

しかし、その後、“大統領の犯罪”を暴いた当事者に、
話を聞くことができた。
伝説の記者、カール・バーンスタイン氏だ。

(続く)

2009-04-21-TUE
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