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ある日の日記(5)

先週末、ロンドンの自宅から車で約1時間半の距離にある、
南東イングランドのRye(ライ)を訪れた。


Ryeに残る、中世の家々。今でも住宅として使われている。
 
 
メインストリート

中世の面影が残る、丘の上の小さな町だ。
半日あれば徒歩で隅々までじゅうぶん見てまわれる。
石畳の坂道をあがっていくと、
黒い木柱と白壁が特徴的なチューダー様式の家々が目にとまり、
要塞や貿易商人たちで賑わっていた
酒場などが残っていて、情緒がある。

1573年にエリザベス1世が滞在した折には、
たいそう気に入ってこの町に
「Rye Royale (ライ ロワイヤル)」の名を授けたそうだ。
440年経った今でもその景観の美しさは
南東イングランド随一という評判で、
イギリス人に人気の観光地である。


ヴィンテージの食器を扱う店のショーウィンドウ。

実は、私がRyeを訪れるのは今回で4回目だ。
目的はアンティークショップ。
丘の頂上からふもとまでのあいだの小道に、
何軒もの店が軒を連ねる。
扱っているのは、必ずしもジュエリーばかりではない。
どちらかというと、ガラスや陶器の食器のほうが目につく。
それでも、結果として2日で5〜8品くらいは
欲しいジュエリーが見つかるので、
2年に1度くらいの頻度で来ている。気晴らしも兼ねて。




フックに物を吊り下げて重さを計る道具。




アンティークやヴィンテージのキッチン用品を扱う店のオーナー。
「カメラ目線は照れるから、仕事しているところを撮って」 と言われた。
お客さんと話しているところ。





左の階段上は、看板がなかったら見過ごしてしまいそうな店。
ここもアンティークショップ。



隅っこにいたテディベア。


ようやく発見、のジュエリー類。
 

今回の旅で私はあることに気がついた。
Ryeの町を歩いているのは、50代かそれ以上の夫婦が目立つ。
そして少なからず、
彼らはやはりアンティークが好きな人たちで、
はっきりした目当てのものがあって、
アンティークハントをしに来ているということ。
特に、妻のほうがである。
店で私が品物を吟味しているとき、
店主とそうした女性客の会話がたびたび耳に飛び込んできた。

ある店では、白髪を後ろで束ねた眼鏡のイギリス人女性が
夫を後ろに待たせて、
ひげをたくわえた60代くらいの男性店主に
「中国のアンティークで、
 暖炉の左右に飾る猫の陶器の置物を探しているの」
と切り出した。
「そういった類いのものはうちにはないね。
 それに、これまでに犬は見たことがあるが、猫はない」
と店主。
おかまいなしに、女性は続ける。
「ぜったい猫なのよ。以前、TVで見たことがあるから」
私はどうして女性がその猫の置物にこだわっているのか
興味を持ったが、店主も無い袖は振れない。
「I can’t help you」
と彼が少しいらだった口調で会話を締めくくるのを聞いて、
私は店を出た。

別の場所では、
黒く染めた長い髪に真っ赤な口紅をさした40代と思われる店主に、
これまた老夫婦の客の奥さんのほうが開口一番、
「アンティークのテディベアはある?」と尋ねていた。
店主が「うちにあるのはこのふたつだけよ」と言うと、
女性客は
「テディベアを集めているの。家には40体くらいあるわ。
 修理が必要なら、自分でしたりもするの」
と聞かれてもいないことを喋り出す。
どうも長くなりそうだ。
私は、気になったブローチをガラスのショーケースから
出してほしいと店主に頼むタイミングを逃してしまった。
話が終わるのをもうちょっと待ってみようと、
古い靴が並んだ棚を眺めるふりをする。
背後で会話は続く。
店主が
「シュタイフ(ドイツの有名なぬいぐるみメーカー)のぬいぐるみは
 古いものでも素敵よね」とふると女性客は
「私はシュタイフは好きじゃないわ」と一蹴。
けれども、店主は気を悪くしたりせず
「あらそう、でも私は子どもの頃に買ってもらったのが
 シュタイフのテディベアで、大人になっても、
 嫁入りのとき持っていったのよ」と切り返す。
女性客はそれに対して
「いい話ね。テディベアは、愛と夢があるわよね」とうっとり。
「love and dream」という言葉を聞いて、
私は心の中で唸ったが、そのあとも間髪いれず、
店主の口から前夫とテディベアが原因で喧嘩した話が飛び出したので、
とうとう諦めて、再び店を出た。
後でまた来ることにしよう。

アンティークハントは、
店主も買い手(この日の場合、私)も根気がいる。
たいてい、彼らはそれぞれ自分の趣味を
共有したい気持ちを持っているので、
話が長くなるのは珍しいことではない。
皆、それも楽しみのひとつと捉えているのだ。
歳を重ねるにつれて目が肥え、自分の好みがはっきりしてきて、
購入したいものが明確になるのも頷ける。

私は今は不特定多数のアンティークや
ヴィンテージのジュエリーを対象に、
(幼い子どももいるので)限られた時間のなかで
買い付けをしているけれど、
もしかしたら、30〜40年後には彼女たちのように、
Ryeへ小旅行にやって来ては、
中世の町並みを目の保養に、
のんびり店主と世間話や趣味話をするようになるのかもしれない。
想像するに、それはなかなか幸せな老後だ。

(十月の更新へ、つづきます)

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2013-09-20-FRI
 
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