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九月のテーマはペースト

京都に住んでいる母が4年前の秋にロンドンへ旅行でやってきたとき、
蚤の市へ行きたいというので案内をした。
「私もアンティークのジュエリーを買い付けして、
 インターネットで売りたい」と言う。
娘がそういう仕事をしているのを見て、
自分もふとやってみたくなったらしい。

私は、仕入れを誰かに頼んだり、
他の人が買い付けた品を自分のウェブサイトで売ることはないので、
「タイニークラウンでは販売せえへんよ」とシビアに釘をさすと、
「それはわかってる。〇〇(私の叔父)が
 オークションサイトの使い方を教えてくれるって言うてるから、
 試しに5つくらい買って帰ろうかと思って」と母は説明した。

けれど、例え5品でも、
撮影、品物の説明文の作成、アップロード、
入金確認、梱包、発送、メール対応、
という作業をひとりで全部やるのは大変だ。
最初から最後まで間違いがないようにと気もつかう。
軽い気持ちで物を売るのはトラブルのもとだから、
やめておいたほうがいい、と念をおした。
しかし、どうにも意志が固いようだ。
結局私は、母の初買い付けのアシスタントを
引き受けることになってしまった。

屋内型の蚤の市の会場で、母は計画どおり、
アンティークのブローチやペンダントを合計5つくらい見繕った。
ブローチの裏のピンに不具合があったり、
パーツの一部が欠けているのに気づかず、
購入しそうになっているのを何度も止めに入りつつ、
母の好みで、
なおかつ、売り物として価値がある品を一緒に選んだ。
一息ついて、会場の隅のカフェに腰をおろした私たちは、
紅茶片手にテーブルの上に戦利品を置いて眺めた。
母はとても嬉しそうだった。

その中に、イギリスのエドワード王の時代(1901-1910年)の
ブローチがあった。
花のような丸い形の銀製ブローチで、中央に小さなサファイア、
まわりに放射線状に
直径2〜3mmの無色透明なペースト(カットガラス)の粒が
たくさんセットされている。
上品で、華やかで、一目でアンティークと分かる品だ。
「このブローチ、素敵やね」と正直に言うと、
母は「そうやろ。やっぱり、これは自分用にしとこかな。」
とさっそく売り渋る。私は脱力した。

その後、日本に帰国した母は、最初の商品撮影で挫折し、
5点のジュエリーはまわりの優しい友人や親戚が、
欲しい、買いたい、と言ってくれて
それぞれ引き取られていった。
そして、例のペーストのブローチだけは、
思い出の品として、母の宝石箱におさまった。

母はその後もたびたびロンドンを訪れているが、
あれ以来「買い付けがしたい」と私に言ったことは一度もない。
なんとも、予想していた通りの顛末となった。

………………………………………………………………

今月ご紹介するブローチは、
3品とも前述の「ペースト」というガラスが使われている。
ペーストは、鉛の含有量が多くて柔らかく、
カットしやすいので宝石のように加工され、
とくに18世紀から20世紀初頭まで
よくイギリスやフランスのジュエリーに用いられた。
宝石の形になった粒を「ペーストストーン」、
ペーストの装身具全般を「ペーストジュエリー」と言う。

ペーストは色のバリエーションが豊富だが、
私はまさしく母が蚤の市で購入していたような、
無色透明なものが一番好きだ。
無色透明なタイプは、古くはダイヤモンドを模していたが、
輝きが天然のダイヤモンドに及ばない点は
あまり問題でないと私は思っている。
ペーストは、現代のガラスとは製法が違うせいか、
無色透明であっても温かみのある色をしている。
そこに良さを感じるのだ。

某老舗ジュエリーブランドの、
完全にクオリティが均一な感じがするラインストーンは
昔から苦手だった。
これは単に好みの問題だろうけれど、
私は、年月を経て味が出たガラスのジュエリーのほうが、
よりファッションに個性や面白味を与えてくれると思っている。


ペーストそのものはヴィクトリア時代以前にも存在していたが、
ジュエリーにおいて大ブームとなったのは
ヴィクトリア時代とされている。
ペーストの定義は、20世紀以降、次第にあやふやになり、
現在はラインストーンとペーストを同一のものとみなす人もいるが、
ディーラーの多くはせいぜい1930-40年くらいまでと
認識しているようだ。

(つづきます)

 
2013-09-16-MON


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