調べてみたら『Autumn in New York』という アメリカ映画が公開されたのは2000年のことだった。 私は当時この映画を観て セントラルパークの紅葉にすっかり感激し、 いつか絶対に秋のニューヨークへ行くぞ、と心に決めた。
その後、京都の勤め先から出張で ニューヨークへ行く機会が2〜3回あったけれど、 それが毎回1月で、極寒のマンハッタンしか縁がなかった。 雪が積もったJFK空港の上空で、 なかなか着陸できず管制塔からの指示を待ち 1時間以上旋回する飛行機。 私は機上から、雪雲の谷底にちらちらと見える 真冬のニューヨークをうつろな瞳で見つめた。
あれから十余年、 今月ついに念願の秋のニューヨークを訪れることができた。 到着した翌朝、私は夫と息子の3人で セントラルパークに足を踏み入れた。 すっきりした秋晴れで、公園の中は映画で観たとおりの見事な紅葉。 赤、黄、オレンジ色の落ち葉が地面を鮮やかに覆い、 可愛いどんぐりがあちらこちらに落ちていた。 5才の息子は1歩進むごとにそれらを拾い、 ポケットにためていく。 夫も久しぶりのニューヨークで、 私のずいぶん後ろのほうでカメラのシャッターをきり続けている。 公園の中ほどまで来たとき、 私は秋のセントラルパークに立っている自分をかみしめたくて、 ゆっくりと深呼吸をした。
そのとき、視界の端っこにかさかさと音をたてる生き物がいた。 りすだった。 「あっ、このりすは…」 話に聞いていた通り、 ロンドンの家の裏庭や公園にいるのと全く同じ種類だった。
昔、私はロンドン動物園で イギリスのりすの生態に関するある事実を知った。 イギリスにはもともと赤リスがたくさんいたのだが、 ヴィクトリア時代に北アメリカからやってきた灰色リスが、 デリケートな赤リスを死に至らせる病気を蔓延させた。 同時に、赤リスの7倍の量のえさを食べるという 灰色リスは気性が荒く、 赤リスは縄張り争いにことごとく敗北してしまった。 現在イギリスで赤リスは絶滅の危機に瀕しており、 スコットランドなどの一部の地域でしかもう見ることができない。
そもそも、灰色リスは どうやって島国のイギリスへ渡ってきたのだろう。 愚かな人間がこれほどの悲劇を想定できずに 軽い気持ちで連れてきて、野に放してしまったのだろうか。 いずれしても、ロンドン動物園は赤リスを解説する写真パネルの下に 「Our British Red Squirrels」と表示をしていた。 「Our(我々の)」とわざわざ書いているところに、 私はイギリス人の、灰色リスへの怨念を感じた。
英国赤リス保護団体のウェブサイトで 写真や動画を見ていただくと分かるように、 赤リスは、色だけでなく 耳やしっぽの長い毛のばさばさ感が非常に愛らしい。 対照的に、灰色リスは しっぽが細ければ大きなねずみに近い雰囲気だ。
ロンドン動物園で赤リスの不遇を知って以来、 私は骨董市でりすのアンティークや ヴィンテージのブローチを見つけると、 些細なことだが、耳としっぽがどれくらいばさばさしているか 無意識にチェックしてしまうようになった。 大抵は判別しかねるデザインなのだが、 何となく、赤リスだったらいいな、と思っている自分がいる。
ロンドンからわざわざニューヨークのセントラルパークへやって来て 感動に酔いしれていた私だったが、 灰色リスと目が合い、ちょっと複雑な気持ちになったのだった。
(つづきます)