糸井 |
岩井俊二が「抜ける」時間、
つまり、映画の中でも「抜く」時間って、
やっぱりしきりにつくっているんだろうと
思うんだけど。
そういうのって、
抜く時間を真剣につくるんですよね。
音楽の休符みたいに。 |
岩井 |
映画の中でですか。 |
糸井 |
息詰まるじゃないですか。 |
岩井 |
うーん、
映画それ自体って、
いろんなものがごった煮に
なっているんです。
そういう意味でいうと、
結構遊んでいたりするんですよ。 |
糸井 |
例えば、
カメラが左から右にパンするとき、
観客が目で追いかけられないから、
必然的にある程度の時間が必要になる。
それは、しようがない時間でもあるけど、
その時間のおかげで助かることもある。
観客が休める時間というのが
ありますよね。 |
岩井 |
うーん。 |
糸井 |
昔、森敦さんから
言われたことがあるんです。
あの人は、
老人になってから芥川賞を取ったんですが、
世俗的な興味もたっぷり持ってる哲学者で、
ぼくのつくったものも知ってたんです。
ぼくはそのころちょうど、
小説を書かされはじめていたときで、
それがすごく苦手で嫌だった。
そうしたら、森さんが
「それは違うものですから」
と、サラリと言ったんです。
森 敦
(もり あつし 1912ー1989)
長崎県生まれ。
三重県で北山川のダム工事従事、
東京で印刷会社に勤務したのち、
『月山』で1973年、
第70回芥川賞受賞。
『われ逝くもののごとく』
で野間文芸賞受賞。 |
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ぼくはわりと、
1行に吟味が必要な仕事をしていますから、
その手のままで小説を書こうとすると、
すき間がなくなっちゃう、
ということなんです。
書くほうも疲れるし、読むほうも疲れる。
コピーと小説は、全然違う筋肉を
使うんだから、
「そんなによすぎるものをつくったら、
小説にならないですよ」
そう言われて、なるほど、と感心しました。 |
岩井 |
そうですね。
僕の場合、ハンディカメラが
多いんですけど、最大の理由は、
「レールを敷いていると
時間がいくらあっても終わらないから」
です。 |
糸井 |
レールを敷いたほうが、
いいものが撮れるようなときも、
そうするんだ。 |
岩井 |
「じゃ、担いで撮ってくれ」
「ああ、オーケー」というかんじで、
撮って終わり。
ひとつひとつ、ものすごい完成形で
やっているのではないですね。
CMとかを撮ると、
みんな、何てちっちゃいところまで
見るんだ、といって驚くことがあります。 |
糸井 |
あるね。
それを売り物にしはじめちゃったりすると、
病気になりますね。
見えやすい小仕掛けを
「見てくれ、見てくれ」と
いっている画面って、うるさいですよね。 |
岩井 |
そうなんですよ。
うちのカメラマンが
よく言ってるんですけど、
見ててしんどい映画って、
構図にこだわっていて、
2人がしゃべっているところに
でかい赤いちょうちんが
どーんとあったりする。
それは、一枚の写真として見たら
すごいのかもしれないですけど、
それを映画のなかでやられると、
集中できないんです。 |
糸井 |
あるねえ。
そんなことよりは、
その場の雰囲気を和らげる
キャスティングを
どうするかとか、
そっちを考えたほうがいいですね。 |
岩井 |
そうなんです。 |
糸井 |
映画って、
やめられない商売なんだろうねぇ。 |
岩井 |
そうですね。
現場はやっぱりほんとうにおもしろいです。
ぼくの仕事は演出なんですけど、
現場でいったい何をやってたのかな、と
思い出すと、
インスタントコーヒーを
おいしく入れるには
どうしたらよいか、など
そんな、何の関係もないことを
ずいぶんやってるんですよ、実は。
ちゃんと映画のことを考えろよ、って
自分自身に言ったりしているんですけれど、
現場が楽しくてしようがなかったりするので、
気がつくと
関係ないことをやっているんです。
意外と集中してないんですよ。 |
糸井 |
へえぇ。 |
岩井 |
自分は脚本を書いてるんで、
もうそこだけで
疲れちゃっているんです。 |
糸井 |
へぇ、そういうものなんだ。
まあ、お話は全部わかってるわけだしね。
その解釈も。 |
岩井 |
脚本を書いているときは、
「これを書き終わったら現場に入れる!」
ということだけをめざしているんです。
入ったら休める、というかんじなんですよね。 |
糸井 |
・・・知らなかった。
本書いてるときがいちばん苦しいの? |
岩井 |
苦しいですね。
何もないところから
つくらなきゃいけないから、
ぼくのなかでは、地獄の作業ですね。
のれないと、ぜんぜん書けないし。
ときどき
「どうして自分で書くんですか」と
いわれるんですが、
申しわけないけど、
自分が本を書くことをやめると、あとは
ただの遊びだからなんです。
編集もおもしろくてしようがないですよ。
ほうっておけば
いつまででもやってますよ、きっと。 |
糸井 |
1日で全部がいっぺんに
書けるはずがないですからね、
そこがつらいんですよね。 |
岩井 |
ええ、そう、そこがつらいですよ。
結果が出ないですからね。 |
糸井 |
おれは短い文章の出身だから、
ちょっと、違うんですよね。 |
岩井 |
ハハハ、なるほど。 |
糸井 |
短いものは、
「出た!」というときには、
出るんですよ。
後はこれをわかってもらうだとか、
通すだとか、そういうところはもう
預けちゃいたいんです。 |
岩井 |
毎日毎日、ひどいと半年ぐらい
書いてますからね。
ひとつ前の作品を振り返れば、
そこには「完成した2時間」がある。
あの2時間は、いったいどうやって
書いたんだっけな?と思うんですけど、
前もやっぱり苦労してるんですよ。
毎日、ワープロを立ち上げると
字が出てくるんですよ。
まずは、
ただ字が出てきてるかんじしか、
しないんです。
その文字面から世界に入る、
毎日それをやらなきゃいけない。 |
糸井 |
続きをやる嫌さね。
でも、映像に入ると、
こんどは見違えるように。 |
岩井 |
ええ。
そのくり返しですね。 |
糸井 |
毎回毎回、忘れちゃうんだけど、
そのたびに
なかなかなことを
やってるもんなんだよね。 |