岩井俊二監督と、
ほんとにつくること。

対談「これでも教育の話」より。

ムーンライダーズ
『ニットキャップマン』という歌をもとにした、
『毛ぼうし』という短編映画がある。
岩井俊二監督が撮ってくれたもので、
これに、ぼくも出演させていただいたときに知り合った。

岩井さんは、自分のやっていることを
きちんと、いちいち言葉や絵にして説明してくれる。
それが、とても気持ちがいいのだ。
言葉にしにくいようなことでも、
なんとか伝えられるようにと、
心をさかんに活動させているのが、よくわかる。
たぶん、それは世間では「誠意」と呼ばれているもので、
そういうものが、映画にもあらわれているんだと思う。
きっと、「ほんとにつくること」を望んでいる人には、
とてもスリリングな対談だと思いますよ。

第8回
脚本を、ゼロから書くということ。
(岩井俊二さんのプロフィールはこちら)



糸井 岩井俊二が「抜ける」時間、
つまり、映画の中でも「抜く」時間って、
やっぱりしきりにつくっているんだろうと
思うんだけど。
そういうのって、
抜く時間を真剣につくるんですよね。
音楽の休符みたいに。
岩井 映画の中でですか。
糸井 息詰まるじゃないですか。
岩井 うーん、
映画それ自体って、
いろんなものがごった煮に

なっているんです。
そういう意味でいうと、
結構遊んでいたりするんですよ。
糸井 例えば、
カメラが左から右にパンするとき、
観客が目で追いかけられないから、
必然的にある程度の時間が必要になる。
それは、しようがない時間でもあるけど、
その時間のおかげで助かることもある。
観客が休める時間というのが
ありますよね。
岩井 うーん。
糸井 昔、森敦さんから
言われたことがあるんです。
あの人は、
老人になってから芥川賞を取ったんですが、
世俗的な興味もたっぷり持ってる哲学者で、
ぼくのつくったものも知ってたんです。
ぼくはそのころちょうど、
小説を書かされはじめていたときで、
それがすごく苦手で嫌だった。
そうしたら、森さんが
「それは違うものですから」
と、サラリと言ったんです。
森 敦
(もり あつし 1912ー1989) 
長崎県生まれ。
三重県で北山川のダム工事従事、
東京で印刷会社に勤務したのち、
『月山』で1973年、
第70回芥川賞受賞。
『われ逝くもののごとく』
で野間文芸賞受賞。

ぼくはわりと、
1行に吟味が必要な仕事をしていますから、
その手のままで小説を書こうとすると、
すき間がなくなっちゃう、
ということなんです。
書くほうも疲れるし、読むほうも疲れる。
コピーと小説は、全然違う筋肉を
使うんだから、
「そんなによすぎるものをつくったら、
 小説にならないですよ」
そう言われて、なるほど、と感心しました。
岩井 そうですね。
僕の場合、ハンディカメラが
多いんですけど、最大の理由は、
「レールを敷いていると
 時間がいくらあっても終わらないから」
です。
糸井 レールを敷いたほうが、
いいものが撮れるようなときも、
そうするんだ。
岩井 「じゃ、担いで撮ってくれ」
「ああ、オーケー」というかんじで、
撮って終わり。
ひとつひとつ、ものすごい完成形で
やっているのではないですね。
CMとかを撮ると、
みんな、何てちっちゃいところまで
見るんだ、といって驚くことがあります。
糸井 あるね。
それを売り物にしはじめちゃったりすると、
病気になりますね。
見えやすい小仕掛けを
「見てくれ、見てくれ」と
いっている画面って、うるさいですよね。
岩井 そうなんですよ。
うちのカメラマンが
よく言ってるんですけど、
見ててしんどい映画って、
構図にこだわっていて、
2人がしゃべっているところに
でかい赤いちょうちんが
どーんとあったりする。
それは、一枚の写真として見たら
すごいのかもしれないですけど、
それを映画のなかでやられると、
集中できないんです。
糸井 あるねえ。
そんなことよりは、
その場の雰囲気を和らげる
キャスティングを
どうするかとか、
そっちを考えたほうがいいですね。
岩井 そうなんです。
糸井 映画って、
やめられない商売なんだろうねぇ。
岩井 そうですね。
現場はやっぱりほんとうにおもしろいです。
ぼくの仕事は演出なんですけど、
現場でいったい何をやってたのかな、と
思い出すと、
インスタントコーヒーを

おいしく入れるには
どうしたらよいか、など
そんな、何の関係もないことを
ずいぶんやってるんですよ、実は。
ちゃんと映画のことを考えろよ、って
自分自身に言ったりしているんですけれど、
現場が楽しくてしようがなかったりするので、
気がつくと

関係ないことをやっているんです。
意外と集中してないんですよ。
糸井 へえぇ。
岩井 自分は脚本を書いてるんで、
もうそこだけで
疲れちゃっているんです。
糸井 へぇ、そういうものなんだ。
まあ、お話は全部わかってるわけだしね。
その解釈も。
岩井 脚本を書いているときは、
「これを書き終わったら現場に入れる!」
ということだけをめざしているんです。
入ったら休める、というかんじなんですよね。
糸井 ・・・知らなかった。
本書いてるときがいちばん苦しいの?
岩井 苦しいですね。
何もないところから
つくらなきゃいけないから、
ぼくのなかでは、地獄の作業ですね。
のれないと、ぜんぜん書けないし。

ときどき

「どうして自分で書くんですか」と
いわれるんですが、
申しわけないけど、
自分が本を書くことをやめると、あとは
ただの遊びだからなんです。

編集もおもしろくてしようがないですよ。
ほうっておけば
いつまででもやってますよ、きっと。
糸井 1日で全部がいっぺんに
書けるはずがないですからね、
そこがつらいんですよね。
岩井 ええ、そう、そこがつらいですよ。
結果が出ないですからね。
糸井 おれは短い文章の出身だから、
ちょっと、違うんですよね。
岩井 ハハハ、なるほど。
糸井 短いものは、
「出た!」というときには、
出るんですよ。
後はこれをわかってもらうだとか、
通すだとか、そういうところはもう
預けちゃいたいんです。
岩井 毎日毎日、ひどいと半年ぐらい
書いてますからね。
ひとつ前の作品を振り返れば、
そこには「完成した2時間」がある。
あの2時間は、いったいどうやって
書いたんだっけな?と思うんですけど、
前もやっぱり苦労してるんですよ。
毎日、ワープロを立ち上げると
字が出てくるんですよ。
まずは、

ただ字が出てきてるかんじしか、
しないんです。
その文字面から世界に入る、
毎日それをやらなきゃいけない。
糸井 続きをやる嫌さね。
でも、映像に入ると、
こんどは見違えるように。
岩井 ええ。
そのくり返しですね。
糸井 毎回毎回、忘れちゃうんだけど、
そのたびに
なかなかなことを
やってるもんなんだよね。

<終わり>



いままでの 「岩井俊二監督と、 ほんとにつくること」
第1回 決然と、「絵を捨てよう」。
第2回 「観なくていい」映画には、しない。
第3回 やめどきは、いつ?
第4回 空気を吸っていることの重さ。
第5回 「らしく」あること。
第6回 ただの「人」に戻る。
第7回 「わかるかい?」

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2003-05-01-THU

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