大竹昭子さん、写真のたのしさ、教えてください。

『この写真がすごい2008』(朝日出版社刊)という
写真集がとっても面白かったので、
編集と執筆を担当なさった
大竹昭子さんにお話をうかがいました。
この本は、
2007年に大竹さんが目にした写真の中から
プロ・アマ問わずに100枚を選び、
一点一点に短いことばをつけた写真集。
写真のページには撮影者名もタイトルもなく、
次のページに大竹さんのコメントが
添えられているのですが、
それがまるで友だちと
「ね、これ、面白いよね!」と
ワイワイしゃべっているみたいな感じなんです。
撮るのも見るのも大好きな「ほぼ日」ですが、
いわゆる「発表された写真」って、
感想をことばにするのが
難しいかもと思ってました。
でも大竹さんに見方を教わったら、
もっと写真が「たのしい」ものになるのかも?

協力:綾女欣伸さん(朝日出版社)
   鶴見智佳子さん(筑摩書房)

※写真はとくに記載がない限り『この写真がすごい2008』から転載したものです。

大竹昭子さんのプロフィール

7写真でおしゃべりしよう。

── (パラパラと写真集をめくりつつ)
この56番の写真は、
大竹さんの文章を読むことで
被写体の男性と、それを見ている自分が、
カメラをはさんで行き来しますよね。
ぐいぐいって視点が入れ替わる。
そんな運動をこういう言葉にできるってことは、
写真家ではない、見る人、書く人ならではの、
たのしい遊びですよね。素晴らしいです。

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少年は急な斜面を下りていくのに夢中になっていて、
一方撮影者は物陰からそれを盗み見るのに没頭している。
同じ場所にいながら、ふたりの頭は
まったく別のことを考えている。
そのことを一瞬にして悟らせてしまう写真。
いまにも犯行がおこなわれる現場に
出くわしてしまったような不安を感じる。
(本書、大竹さんの文章より)
大竹 写真の理論や本質は、
すでにあまた出ている本の中で
書き尽くされているんです。
でも一般人にはなじみのない言葉や概念や、
ヨーロッパの哲学書からの
引用のオンパレードなんです。
── はい、ちょっと難しい内容が多いですよね。
大竹 写真を前にしたときに、
私たちの意識や感情の中で起きていることは、
これまで話してきたように、
全然難しいことじゃなくて、
どんな人も体験してることなんです。
でもそれについて語ろうとすると、
どうしてこんなに難しくなってしまうんだろうって、
ずっと疑問だったんですよ。
だから、文章を書くときに何よりも心がけたのは、
写真を私たちの日常体験に置き換えて、
分かりやすい言葉で表現してみる
ということだったんです。
── 言葉にすることで、
はじめて分かることもたくさんありますよね。
しかも、それを平易な言葉で、ということですね。
大竹 さっきの56番の写真でいうと、
私たちは写真を目の前にすると、
写真を撮る側、撮られている側、
それを見る側というふうに、
いろんな立場に置き換えながら見ますよね。
── そうやって、写真を見ているときには
誰にでもなれるんですね。
大竹 そう、そう、
必ず自分ではない他人の視線をも
取込んで見てしまう。
ただ、そのことは意識しない。
そんな様々な見る体験にまつわる無意識のかけらが、
写真にはたくさん詰まってるんです。
だから、できるだけいろんなタイプの写真を
ピックアップしようと思ったし、
書く内容も一点ごとに変えようと思いました。
── この企画はいつぐらいから考えてらっしゃたんですか。
大竹 写真と言葉を併置する本を作ってみたい
という気持ちは、ずっと前からあったんです。
でも、単なるアンソロジーではつまらないので、
誰もやったことのないような意図を込めたいな
と思いました。
── たとえば、どういうものですか?
大竹 プロとアマチュアの写真に区別をつけないというのは、
そのひとつです。
区別しないことで、
写真の本質があぶりだされると思ったから。
それに昆虫写真とか、旅の写真とか、
写真内のジャンルを崩すことも意図しました。

それと写真家名を写真ページに載せないこと。
これにもこだわりましたね。
やはり写真は「無名」なほうが
写真そのものと出会いやすいんです。
私たちの日常生活でも、
立派な表札がかかった家より、
ドアが半開きの家のほうが入りやすいでしょう?
名前はときとして権威として働いて、
物の本質をおおい隠してしまう。
それに人はいろいろな手がかりで、
物を見る癖がついているしね。
そういう梯子(はしご)をいったん外して、
まっさらな状態で写真に対してみたかったんです。
── 短い文章ですけど、
全部内容も書き方もちがっていて、
これは大変なことですよね。
しかも、写真にどうしてもありがちな、
「批評」がまったくないですよね。
大竹 ふつうは、その写真の出来不出来を語ったり、
写っているものを説明したりすることが多いですね。
でも一枚の写真を見たときに
自分の中で起こることは、妄想したり、
感情移入したり、突飛なことを思い出したりと、
ものすごく多様ですよ。

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この写真を見た瞬間、子供のころ北海道みやげにもらった
マリモ羊羹(ようかん)が浮かんできた。
褐色して変わり果てたボーリングボールのせいである。
ゴムにくるまれた球状のものを楊枝(ようじ)でつつくと、
一瞬にして皮が破れて羊羹が現われる、
あの感じに似ている。
廃墟にはどんな想像をも受け入れる寛大さがあるが、
写真に写されると実寸が消えて
イマジネーションが無限に広がっていく。
(本書、大竹さんの文章より)
大竹 たとえば、この写真。
ボーリングボールが転がっているんだけど、
私にはこれが
マリモ羊羹(ようかん)に見えてしまったんです!
── お気持ちはとても分かります。
色と形状が、たしかにマリモ羊羹ですよね!
でも実際の大きさは
マリモ羊羹とだいぶちがいますよね‥‥。
大竹 そうなんです。撮影現場では
マリモ羊羹という想像は生まれないと思うんです。
でも写真が出来あがってみると、
なんだか似ているなあと思ってしまう。
そこに写真のひとつの謎がある。
写真を見るとき、人は
頭の中でサイズを自由自在に変えて
見てしまうんですね。
形、色、空気感、奥行き‥‥断片的なイメージが、
ありもしないストーリーを
頭の中で立ち上げてしまうんです。
── うん、うん、うん。面白いです。
写真って、
自分たちがいかに変な生き物かっていうのを、
あぶり出していますねえ。
この本、紙や印刷や装幀も
ちょっと変わってますよね。
写真や本の佇まいやすべてに統一感があって。
大竹 あんまり物々しくない、
ざっくりした感じにしたかったんです。
写真集って、たいそうなものになっちゃうと、
それだけで見る側を構えさせてしまうでしょ?
だからよそよそしくない、
日常に溶け込んでいくようなもので、
かつ、見る人に強く訴えかけてくる
装幀にしたかったんです。
これも寄藤さんのチームのおかげです。
── この本で写真集というものが
とっても身近になりました。
大竹 ありがとうございます。
私、思うんですけど、
写真について人とおしゃべりするのは、
一緒にご飯を食べるのに
似ているように思うんですよ。

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── 「ご飯」というメディアを通して
会話が生まれますよね。
おいしいよね、とかね。
ご飯さえあれば大丈夫ですね、ほんとに。
大竹 でもほんとうは小説だって、絵だって、
映画だって同じで、
コミュニケーションを生むための
芽みたいなものでしょ。
とくに写真は答えがなくて、
何を言ってもいいところが最高です。
── 答えがないからこそ、
自由に話していいってことですよね。
大竹 そうそう。
とりあえずは、見たまんまの感想でもいいの。
この本の中に澤田知子さんの写真があったでしょ?

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大竹 この写真が展示されている前で、
おばさん二人が、
「ねえ、同じ人?」
「うそー、ちがうでしょ!」
「でも同じみたいよ」
って言い合っているのを見たことがあります。
他愛もないけれど、誰もが思うことよね。
── (笑)。思わずしゃべりたくなる写真ですよね。
大竹 そう、萎縮しないで、言葉に出してみることで、
どんどん感覚を解放できたらいいですよね。
それと、この本は
あくまでも私個人が思った「すごい写真」100点で、
「すごい」の基準は人それぞれにちがうはずだから、
自分の100点を作ってみるのもいいですよね。
また、写真のワークショップの教材にするとか、
学校で生徒同士にわいわい議論させるとか、
いろんな使い方が考えられると思います。
── 使い方も100通りなんですね!
ところで、本のタイトルに「2008」とありますが、
来年も出すご予定ですか?
大竹 一応そのつもりで動きはじめています。
── そうですか、とてもたのしみです。
大竹さんのおかげで、
写真を見るのがこれからより一層
面白くなりそうです。
7回にわたってありがとうございました。
(終わります)
2008-11-12-WED
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1 写真を編むことはタイヘンだ。
2008-11-04-TUE
2 「いい写真集」ってなんだろう?
2008-11-05-WED
3 妄想も自由。
2008-11-06-THU
4 自分は写真を仕事にすることはできない。
2008-11-07-FRI
5 のぞき見と欲望。
2008-11-10-MON
6 写真を見る行為を支えているもの。
2008-11-11-TUE
7 写真でおしゃべりしよう。
2008-11-12-WED
大竹昭子=編・著/寄藤文平=ブックデザイン
朝日出版社刊/1995円(税込)
Amazonで購入する
捨てられたぬいぐるみのようなパンダ。
生者と死者が収まる記念の一枚。
生き物のように襲いかかる大波‥‥。
驚くべきことに、どれもが「写真」。
文筆家として多ジャンルに活躍する大竹昭子氏が、
この一年に目にした膨大な写真の中から、
文句なしに「すごい」100枚をセレクト。
写真ひとつひとつには言葉を添えて、
見るものの想像(妄想?)力を刺激する。
プロ・アマ、老若男女、ジャンルを問わない、
日常をゆさぶる100の瞬間。

「見れば分かる! 大胆でユニークなコンセプト」
‥‥「週刊文春」

「どのページを開いても、
 驚いたり笑ったり首を捻ったりして
 楽しむことができる」
‥‥穂村弘さん

この本を出版された朝日出版社はこちら。



トークイベントのお知らせ

今年11月に福岡でおこなわれる本のお祭り
「ブックオカ」に大竹昭子さんがご出演されます。

『この写真がすごい2008』に収められた数々の写真
を見ながらの、楽しいトークイベントです。

11月15日(土)@警固教会 
16:00〜18:00(入場料1000円/要予約)

詳しくはこちら。