YAMADA
カンバセイション・ピース。
保坂和志さんの、小説を書くという冒険。

第17回
「記憶ちがいの味わい」

糸井 保坂さんは、
ローズの時代のベイスターズが濃いんですか?
自分の記憶のなかで。
加藤博一とかの時代は、どうしてました?
保坂 80年代は、
テレビがないひとり暮らしだったから。
大洋、すごいよわかったし。

ぼくが知ってるのは、
60何年から70年代半ばまでの大洋と、
佐々木が出てきた、
ベイスターズになってからの横浜。
ブラッグスとローズの1年目ぐらいからですね。
糸井 ある意味では、
「お化粧がすんでから」ですね。
もっとあの、素顔すぎましたからね、あの球団は。
「キャッチャー市川」みたいな時は。
保坂 (笑)4番山崎なんて、ぼく、知らないからね。
きっと今が、その時代だと思うんですよ。
糸井 似てるね。
大ちゃん(山下大輔監督)が
明るくふるまっている
ベイスターズっていうのは、
小ささとしてバランスがよくて、
ファンはつらいだろうなぁという気が……。

つまり、ブラッグスがいて
ローズがいたときの監督には、
大ちゃん、似合わないですよね。
しかも、明るくふるまえないですよね、
もっと本気だから……。
保坂 うん。
糸井 ぼくは近所に、
保坂さんもしってる
石井くん(元・糸井重里事務所スタッフ)という
人造・ベイスターズファンがいるんです。

彼は、どこを好きになろうかというのを
考え抜いて、ファンになったんですよ。
ぼくが、昔のファミコンの
ファミスタで、ジャイアンツを取るんで、
どこだかわからないから、
どっかにしようと思って、
勝つために、当時のホエールズを選んだ。

それはなぜかというと、
めちゃくちゃ内野安打が多くて、
足で、掻きまわして勝つんです。
それで勝つために使っているうちに、
だんだん好きになったっていう……。
保坂 (笑)
糸井 ファミスタの、
あの将棋のコマみたいなものから、
逆に現実に生きていって、その挙句に、
開幕戦は、みんなでマイクロバスを仕立てて
ベイスターズを応援しにいくっていう人間に、
なりはてたやつなんです。

こないだは、事務所のスタッフに、
まるで説教するかのように、
「趣味を持つのはええぞ」と……。
保坂 (笑)
糸井 「オレは、どれだけ
 ベイスターズに救われたか、わからない。
 うれしいこと、かなしいこと、
 みんなベイスターズが助けてくれる」

その気持ちは、他のチームのひいきの
俺にも、わかるんですよ。
で、それを教えたのはぼくなんです。

……つまり、どんなに家庭が不和でも、
どなりたいときがあっても、
「くっそー。ジャイアンツのせいだ!」
ってことにして、ぜんぶ感情を出せるんです。
「苦しいことがあっても、
 それよりタイヘンなのは、原さんなんだ!」
「山倉なんだ!」
ということで、あれ、ほんとに、
ローマ市民におけるコロッセアムなんですね。

毎日の粉ひきがどれだけタイヘンでも、
あそこで命をかけてトラと戦っている男がいる。

保坂さんの記憶も、最高ですね。
ブラッグス、ローズのところに
光が当たったまま、記憶がとまってる。
……錦絵ですもん、それは。
保坂 でもやっぱり、優勝がなかったら、
ぜんぜん違う人生になっていたと思いますね。
糸井 (笑)イイなぁ。
保坂 「優勝してはじめて野球選手になる」
と言われるのと同じで、ファンだって、
優勝を経験して、はじめてファンになれるというか。
糸井 そうですね。
保坂 あのよろこびが共有できるというか、
あれを知らなきゃ、
野球を知ってるっていうことにならないという。
糸井 俺、そのことについては、
さっき言った石井くんとの
「小さな友情」があるのよ……。

ベイスターズの優勝のシーンに立ちあって、
とにかく、感極まったらしいんです。
で、そのときに俺を思い出したっていうんですよ。
「糸井さんは、これを、
 何度も味わって生きてきたんだなと思った」

っていう。
保坂 (笑)
糸井 俺、それを聞いて、
涙が出そうにうれしくなった!(笑)
なんか、その、通過儀礼に立ちあった青年が、
親を語るような…年齢とか関係ないんだよね。
あれが、ものすごいぶりの優勝だったでしょ?
保坂 38年。
1960年のことだから、ぼくだって知らないわけで。
糸井 三原マジックのときですよね。
保坂 そうです。
糸井 ベイスターズファンになったのは、
偶然なんですか?
保坂 小学3年生で野球を覚えたんだけど、
その小学3年生っていうのは、
今思えば、巨人のV9の1年目なんです。

ぼくの場合は、野球を覚えた時に、
親父に「どこのファンなの?」って聞いたら、
「まぁ、同じ県だから、大洋だな」
いいかげんな人でね。
糸井 (笑)そんなもんなんだよねえ……。
その当時って、どういう選手がいました?
保坂 近藤和彦、昭仁、長田、桑田……。
糸井 ピッチャーは? 秋山?
保坂 秋山はもう落ち目で、
新人の高橋重行が、20勝20敗だったかな?
2年目かもしれないけど、あとは、
稲川とか、左腕の小野もいたのかなぁ?
糸井 小野って、覚えてないなぁ……。
かわいそうだな、小野。
保坂 東京オリオンズ(現・ロッテ)に
移ったりしたんですけど。
糸井 あぁ、あの小野ですか。覚えてます。
保坂 月間20勝っていう記録を持っている。
糸井 それはウソでしょ!
保坂 神保町の東京堂書店に、経塚さんっていう
大洋からの横浜ファンがいるんですけど。
その人、稲尾の何十勝とか、記録フリークで、
記録をやけに覚えてて……
小野のことも、実際そうだったらしいですよ。

(※のちに、この小野は、
  稲尾と並んで、月間11勝0敗の
  記録を持っている、小野正一と判明)
糸井 それが、
単なる記憶ちがいだったらステキだねぇ。
それをもとにして、
ぜんぶの思いが紡げるんだもんね。
そういうの、大好きなんですよ。
「もとになってる話しがウソなのに、
 ぜんぶが整ってる」っていうやつ。
保坂 (笑)
糸井 ほんとの話に、
ちょっと似てたりするのが、ステキなんだよね。
ほんとのようで、うそのようで。
保坂 人をささえるのって、
調べて、ウソかほんとじゃなくて、
「彼を動かす言葉」だからね。
糸井 それ、いいなぁ……。
保坂 ねぇ、この対談、終わりの
2、3回だけ読んだ人は、
野球談義だって思っちゃうんじゃないですか?
みなさん、途中も読んでください!
糸井 (笑)

 
(おわりです!)

これまでの「カンバセイション・ピース。」
   第1回 「そのつど、おもしろい」
   第2回 「文字を書くという病」
   第3回 「取り調べる小説はつまんない」
   第4回 「小説の書きはじめ」
   第5回 「不合理ゆえにわれ信ず」
   第6回 「小説の筆が止まるとき」
   第7回 「1日の中で使える時間」
   第8回 「小説の作者は「神様」か?」
   第9回 「小説の中でしか味わえないこと」
   第10回 「時間が、小説の売りもの」
   第11回 「小説を書く人間」
   第12回 「小説を書くのは、なぜイヤか?」
   第13回 「小説を書く苦しさが好き」
   第14回 「散文と韻文」
   第15回 「定型詩に引きずられるこわさ」
   第16回 「ベイスターズファンの神」

2003-07-17-THU

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