目次
  • 第1回:書くことへのハードル。
  • 第2回:読むほうは止まらなかった。
  • 第3回:サッカーと左利き。
  • 第4回:その人を育てるもの。
  • 第5回:意外とポジティブなんです。
  • 第6回:つきまとう気持ち。
  • 第7回:「好きやから」
  • 第8回:釣りとお笑いは似てる?
  • 第9回:コントから学んだこと。
  • 第10回:又吉さんの距離感。

又吉直樹(またよし なおき)

1980年生まれ。大阪府寝屋川市出身。
よしもとクリエイティブエージェンシー所属。
お笑いコンビ、「ピース」のボケ担当。
2015年3月に初の小説となる『火花』(文藝春秋)を刊行。

  ※この対談は『火花』が『文學界』に掲載された後、単行本化される前に行われました。

お知らせ 火花

小説『火花
文藝春秋社より発売中!

amazon

第1回:書くことへのハードル。

糸井
小説、おもしろかったです。
又吉
ありがとうございます。
糸井
ご自身でも手応えみたいなものが
あったんじゃないかなって
想像しながら読みました。
又吉
これまで小説を書いたことがなかったんで
過去と比較はできないんですけど、
書いていて、なんかたのしいな、
という気持ちはありましたね。
糸井
どんなふうに読まれるのかとか、
考えたりしましたか?
又吉
多少は考えましたね。
これ、好きな人は好きなんだろうけど
怒る人もいるんじゃないかなとか
考えながら書いていました。
糸井
いや、基本的には
怒るような要素はなかったですよ。
ぼくは専門家じゃないんで、
どう言えばいいのかわからないんですけど、
「気張り」がなかったんです。
はじめて物を書くときって、
気張るじゃないですか。
要するに、みんな褒められたいんですよね。
でも、又吉さんの小説には
そのいやらしさが全然ないから、
どうやって自分を制御しているのかなぁと
思っていたんです。
又吉
その失敗は、デビュー当時に
コントや単独ライブで経験しているんですよ。
気合いが入りすぎて、
「自分はこうや!」みたいなものを
やりすぎて失敗しちゃって‥‥。
糸井
そうか、それで経験されているんだ。
たしかに、又吉さんがやっているボケって、
完全に
「俺の考えていることが通じなかった話」が、
フォーマットになっていますよね。
又吉
そうですね。
相方も先輩たちもわかってくれていて、
そのこと自体をいい感じで
バカにしてくれるんで(笑)。
糸井
成り立ってますよね。
又吉
好きなことを言って、
「ワケわからんこと言うな」と
言ってもらえる状況というのが、
最初のころはなかったんですけど。
糸井
あれは素なんですか。
又吉
素ですね。
最初のころ、友達が多い人は
答え合わせが周りとできているんで、
何がウケて何がウケないかわかってるんですけど、
ぼくみたいに友達がおらんタイプで
1人でグーッて作るタイプは、
答え合わせができないんで、
自分がおもしろいと思うことが
おもしろいんだ、と思ってしまったり。
糸井
芸人さん同士がやる番組が出てきたおかげで、
芸人さんが自分の個性を際立たせることが
すごくできるようになりましたね。
昔だったらお客さんという相手しかいなかったのが、
いまは芸人さん同士が、
「あいつはこうで、こいつはこうで」
という棲み分けを、
番組の中でできるようになった。
あれはすごいことだなぁと思うんです。
又吉
たしかにそうですね。
舞台上に芸人が並んでいても、
ひたすら1人でお客さんに向かって
何か言って笑いを取り続けるタイプと、
横の関係性で生きているタイプがいます。
ぼくもどっちかというと、後者かもしれません。
糸井
だって、ずっとお客さんと抱き合ってたら、
ピースの芸が発見されない可能性が‥‥(笑)。
又吉
ありますね。
糸井
他の芸人さんに
「俺らアスリートとして集まってんのに、
 おまえ、足遅いやんか」
みたいな話を本番でされるわけでしょう?
すごいことですよ。
又吉
自分ではわかってないことも、
先輩芸人から見たらわかることが
いっぱいあるんでしょうね。
あるとき、さんまさんと
コントをやらせてもらう機会があったんです。
ぼくはアドリブで何かやるというよりは
自分が考えたことをやるタイプなんです。
でも、そのコントの収録5分前になって
さんまさんから突然
「じゃあ、これとこれとこれを
 6発ぐらい俺が言うから、
 又吉、それに応じた言葉で頼むわ」
って、急に振られたんです。
糸井
大変だ。
又吉
ディレクターさんとか作家さんからも
「又吉、大丈夫か」みたいに心配されて、
で、もう時間がなかったんで、
「ちょっと1人で集中させてください」と言って
ぼく1人で言葉を考えて、本番に臨んだんです。
糸井
ほう。
又吉
台本にあらかじめボケを書いて、
それを見てやってたら、なんとかウケて、
あ、乗り切った、この調子であと5発‥‥
と思ったら、さんまさんが、
「おまえ、何カンニングしてんねん」って
その台本をパーンと投げて、
「アドリブで行け」と言うんです。
そこで「ゼロ」になりました。
で、さんまさんがその場で言うことに対して
とっさに何か言ったんですけど、
やっぱりうまくいかなくて。
でも、そういうときって
自分の好きな言葉とか好きな食べものとか、
根本にあるワードが出てくるんです。
糸井
つまり個性があるものですね。
又吉
はい。その言葉に
さんまさんがつっこんでくれて、
ぼくが用意してきた1発目よりも
はるかにウケたんです。
それで、
「あ、こんなやり方があるのか」とか、
「あ、さんまさんはこれをやらそうと思って、
 寸前に言わはったんやな」と。
自分では全然わかってなかったですから。
糸井
その人ならではのおもしろみというか、
発見されていない
ダイヤモンドみたいなものを
「俺のカットの仕方があるんだ」って
やってみせてくれたんでしょう?
又吉
そうですね。
糸井
そういうのって、昔は人のいないところで
やってたタイプのことだと思うんですけど、
いまは、それそのものを
テレビで見られるわけですよね。
そうなってからというのは、
お笑いはきっと、ものすごく変わったんだろうな。
又吉
みなさんに認知されてる芸人が、
テレビ上で変ないじられ方をして、
そこで新しくキャラクターができるときなんかも
ありますもんね。
糸井
うん、又吉さんにもそういう経験があるから、
小説でも、どういう反応があるかとかを
知ってて小説が書けるんだと思うんです。
これまでにも、芸人さんが書いたものが
おもしろがられてるというのはありましたけど、
又吉さんの場合は、普段から
純文学志向に見えてたから、
ちょっとハードルがあったと思うんですよ。
「太宰出てくんのかな」みたいに
読者の側も覚悟してたというか。
又吉
(笑)そうですよね。
糸井
うすうす気づかれてました?
又吉
そうですね。
先輩からも
「おまえが書いたら、
 だいぶハードル上がるやろな」
と言われたりしてましたから。
でも、ぼく自身は
「みんなにどう思われるやろ」というような
緊張感はそんなになかったんです。
雑誌にエッセイを書かせてもらってますが、
それほど反響もないですし、
小説もまあそういう感じだと思ってたんです。
だから、
「いや、あんまり注目されてないんで、
 大丈夫なんですよ」
って言ってたくらいで。
糸井
ああ、そうか。
周囲の人とか、担当についた人たちとかは、
「これはなかなか
 おもしろいハードルがあるぞ」
って見えてたと思うんだけど、
ご本人はそうなんだ。
又吉
でも、小説が載った
『文學界』が増刷されたって聞いた日から、
3日ぐらい寝れなかったです。
そんなに注目を浴びると思ってなかったんで。
「あ、みんなが言ってたことって、
 これやったんや」と思いました。
糸井
いまになると、怖いですか(笑)。
又吉
怖いですね。
(つづきます)
2015-03-30-MON