細川 |
(永青文庫のなか、歩きながら)
糸井さん、館内を御案内しましょう。
ここは戦後、昭和25年に財団になりまして、
祖父(細川護立)の集めたものと、
700年ぐらい前からあるものとが
二本柱になっています。 |
糸井 |
上野の特別展「細川家の至宝」に
近いものがあるんですね。
展覧会、面白かったです。 |
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細川 |
ありがとうございました。
なかなか見応えのある、
私も見てないようなものがございましたしね。
あれはちょっと一回では見切れませんね。 |
糸井 |
そうですね。
解説をしていただきながら
早足で見たんですけど、
2時間弱かかりました。 |
細川 |
そうでしょうね。 |
糸井 |
教科書に出てるようなものが。 |
細川 |
そう、
教科書にも出てくるかもしれませんね。 |
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糸井 |
ここにあるものは、
護立さんのものですか? |
細川 |
そうです。護立コレクションです。 |
糸井 |
その方の存在というのはもう‥‥。
何気なく重要文化財が(笑)。
すごいなぁ。
禅画のコレクションはやっぱり日本でも
一、二という? |
細川 |
世界一だと思います。 |
糸井 |
世界一ですか。 |
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細川 |
白隠(慧鶴)だけで330点ぐらいですかね。
仙(義梵)が130点ぐらいでしょうか。
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達磨図 白隠彗鶴筆
江戸時代 明和4年(1767年)、東京永青文庫蔵 |
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大燈国師図 仙義梵筆
江戸時代 19世紀、東京永青文庫蔵 |
それだけでなくて、
白隠に連なるお弟子さん達のものとか、
宮本武蔵のものとか、
相当な数になりますので。
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達磨図 宮本武蔵筆
江戸時代 17世紀、
東京永青文庫蔵(熊本県立美術館寄託) |
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糸井 |
蔵書もたくさんあるんですね。 |
細川 |
そうなんです。
洋書は今慶応大学に5000冊だったか、
漢籍も27000余、預けてあるんです。
「コルディエ文庫」といって
フランスのコルディエさんという方から
譲っていただいたものなんですが、
本当にすごい図書がございましてね。
マルコポーロの『東方見聞録』の
初版本みたいなものとか。 |
糸井 |
『東方見聞録』初版本。はぁ‥‥! |
細川 |
能面、能衣装もたぶん一番多いんじゃないかな。
お大名さん方の中では、ですね。
能面はいくつだったかな‥‥、
150ぐらいありましたかね。
ずっと昔からお能に
関わりの深い家だもんですから。
金春(こんぱる)、喜多、
宝生(ほうしょう)、観世、
みなご縁があって。
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能面 翁
室町時代 15世紀、東京永青文庫蔵 |
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糸井 |
上野の展示の能面だけでも、
やっぱり近くで見ると、
素晴らしいですねぇ‥‥。 |
細川 |
とてもみな保存状態がいいんですね。 |
糸井 |
これまた、ここにこんな人が。 |
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細川 |
鎧甲もたくさんありまして。 |
糸井 |
保存、いいですね。 |
細川 |
これがまた保存状態が良くて、
上野にも「黒糸威二枚胴具足」
がありましたが、槍で突かれた痕を
繕ったところがありまして、
忠興が自分で繕ったという書き物が
残ってますんですよ。
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黒糸威二枚胴具足 細川忠興(三斎)所有
安土桃山時代 16世紀、東京永青文庫蔵 |
(別室、書棚に進み)
これは祖父が
「白樺」の同人だったものですから、
そういった方々の。 |
糸井 |
いわば友達の本がここにあるという。 |
細川 |
はい。ですから他の美術館のように
何か改めて収集するということよりも、
友達関係の中で(横山)大観さんとか、
(小林)古径さんとか、
梅原(龍三郎)さん、
安井(曾太郎)さんとか、
集まってきておりまして。 |
糸井 |
いわゆる、名前だけでも
ブランドになってしまっているような
方々のものって、
敢えて見に行くということを
今までしてなかったものですから、
改めて一つでも二つでも目にすると、
それだけのものがあったんだと、
改めてわかりますね。 |
細川 |
やっぱり改めて見ると、いいもんですねぇ。
では、こちらの部屋へどうぞ。
私はこちらに座りましょう。
向かい合うよりも、このほうが
撮影がしやすいでしょう。 |
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糸井 |
ありがとうございます。
ここ(永青文庫)の環境そのものが
展示物のようですよね。
このテーブルも。 |
細川 |
ヴェルサイユ条約の調印のときに使った
テーブルと椅子なんです。 |
糸井 |
そうですか! |
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細川 |
昔の椅子にしてはわりに手頃な大きさで。 |
糸井 |
面白いなぁ。
細川さんの唯一の公職が
ここの理事長なんですか? |
細川 |
そうです。
他、整体協会という、
野口晴哉さんが創設された会の会長をしています。
私の伯母が会長をしておりましたものですから。
そのあとを引き受けております。 |
糸井 |
ご自分でも整体というのは? |
細川 |
ええ。うちは家族みんなときどき。
少し首が痛いとか、寝違えたとか、
腰が痛いとか言っちゃ、
みんなお世話になっておりますけどね。
糸井さんは、護光と
お会いになったことがあるそうですけど。 |
糸井 |
そうなんですよ。福森雅武さんのところで。
「誰だか知らないけど、
かっこいい人だな」と思ったんです。
福森さんが「野焼き」をしているところに
奥様といらっしゃっていて──、
凍えるくらい寒い日だったんですよ。
自分が着てた服を
本当に自然に奥様に
かけてあげていたんです。
脱いじゃった自分は
ものすごく寒い格好だった。
それを見て
「ああいう子が、いるんだな、今でも」
と思って。
護光さんとは、これからも恐らく
何かしらのご縁になると思うんですけど。 |
細川 |
昨日たまたま私、電話する機会があって、
「明日、糸井さんがお見えになって
お話する機会があるんだよ」と言ったら、
「ああ、そう。本当に、
それはくれぐれもよろしく」
と申しておりました。 |
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糸井 |
こちらこそ。
護光さんは、今おいくつぐらいなんですか。 |
細川 |
37じゃないかな。 |
糸井 |
いい頃ですね。 |
細川 |
私は素人ですけども、
彼はプロで焼き物をやってまして。
「それにしちゃ、
なんで素人より売れないんだ」
って、私は言ってるんだけど(笑)。 |
糸井 |
なるほど(笑)。
その“素人のお仕事”とおっしゃる
陶芸の作品を、改めてまとめて
写真で拝見しましたけれども、
いやぁ‥‥。 |
細川 |
職業として、何かこういうものを
「いつまでに、幾つつくれ」と言われたら、
とてもそんなに上手くいかないんでしょうけど、
別に売れても売れなくてもいいわけで。
適当にやってる中から、
少しはプロの方とは違った
面白みのあるものが
できてくるのかなと思います。 |
糸井 |
アートとして一点だけあるものというのは、
例えば梅原龍三郎だとかというものは、
これはこれで素晴らしい
価値としてありますよね。
一方で、大量生産品で、
これと同じものがたくさんあるよ、
というものもあります。
けれども、その間(あいだ)の
豊かさみたいなものが、
ずいぶん忘れられてきてるなぁ、
と思っているんです。
つまり作陶みたいなものというのも、
同じと言えば同じものをつくっているんだけど、
一点ものではないし、
一点ものだし、みたいな。 |
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細川 |
そうですね。なかなか私、
同じもの、できないんですよ。
また、同じにならないように、
ちょっとわざとゆがめたりしてますので。
あまりやると嫌らしくなるんですけど、
ほんとに自然にろくろから
ぴゅっと切ってちょっと持ち上げたときに、
ちょっと触ってゆがめてみたりするもんですから。
護光のなんかを見てると、
まだわりに真面目につくってるんですよね。 |
糸井 |
お父さんのより真面目ですよね。 |
細川 |
私のよりはるかに真面目なんです。 |
糸井 |
あれはやっぱり歩いてる道が
もう既にプロだということなんでしょうね。 |
細川 |
ええ、彼はそう自覚してやってますね。
でも、これはやっぱり性格もあるんでしょう、
どういうものができてくるかというのは。 |
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(つづきます) |